欲しくても、
手に入れちゃいけないもの。
それはきっと、
手に入れられないものとは違うよね。
林檎
「馬鹿じゃねえの、マジで飛び降りるなんて」
心中や、景吾
な、テメー何言って…
いくで
おした…っ
「そないこと言わんでや、それ程に俺の景ちゃんへの気持ちは強かったゆうことや」
ピ、ピ、ピ、と規則的な機械音の鳴り響く白い部屋の中。頭から目の下まで包帯でぐるぐる巻きにされているというのに、冗談を交えた言葉を吐いてへらへらと笑う。
馬鹿なんだろう、この男は本当に。
「本当、馬鹿だろ…っ」
「ふふ、…痛…っ」
「なっ、じっとしとけ!」
そう言って忍足の肩を押さえると、忍足は俺を力無く抱き寄せた。
「景ちゃん、俺今景ちゃんがどこに居るかわからんかってん。手、握っといてや」
「わかったから…、わかったから離せ」
「おん」
忍足の手のひらは、前と同じで暖かかった。
どうして、俺は忍足と飛び降りなかったのだろう。一緒に逝ってしまえば、きっと忍足は痛い思いはしなかった。
「俺が…死んどけば良かったのに…っ」
「なして?景ちゃんが無事なら俺はええんやで」
「無事じゃねえよ…っお前、大怪我してんじゃねえかよ…!」
手のひらに力を込めると、忍足は手探りで俺の頬に手を伸ばした。
「泣かんでや景吾、痛くないから。俺はお前が怪我する方が痛いねんて」
「…」
この男は、どうしてこんなにも優しいのだろうか。
「忍足…、なあ、忍足…?寝てるのか…?」
ゆったりとした息づかい。上下する胸。
「なあ…、俺達これで良かったのかな…っこんなに辛いのに、一緒にいていいのかな…」
縋りつくように、顔を伏せる。
「なあ…、侑、士…!」
今まで、俺には手に入れられないものなんてなかった。何だって手に入ったんだ。
けれど、多分。忍足は《手に入れられないもの》ではなく《手に入れちゃいけないもの》だったんだ。
手に入れちゃいけない、それは辛うじて手に入るもの。
けどそれじゃ、忍足が幸せじゃないんだよね?
アダムとイブは、林檎を食べた。それは食べてはいけないものだった。手に入れちゃいけないものだったんだ。だから嘘を吐いた。
「侑士…、」
落ち合ってはいけないのはわかってる。けれど、けれど…!
「好きなんだって…っ」
そのくちづけは林檎のように甘くはなかった。
林檎
甘い毒のような、
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痛くても苦しくても幸せじゃなくてもいいから大好きなんです。
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