『Q1:あなたは、生まれ変わったらどうありたいですか?』
僕達の転生論
「ねえ、跡部はさ。前世とか信じる?」
艶めいた髪をさらさらと撫でながら滝は俺に尋ねた。
「前世?信じるも何も、俺様はどんな時代でも素晴らしい人間だ」
「ふふ、跡部らしい答えだね」
「たりめーだろ」
滝はクスクスと笑いながら次の質問を繰り出した。
「じゃあさ、生まれ変わったらどうありたい?」
「…。質問の意味がよくわからねえ」
「生まれ変わったら、何をして、どう生きていたいかって聞いてるの」
「ああ、そーゆー…」
ぱっとした答えが見つからなかった。前世についての質問に返したような答えを言えばいいのかも知れないが、それは間違っているような気がした。
「……」
「難しい質問だったかな?」
「ああ…」
「そっか。なら気にしないでいいよ」
「わりーな」
「ううん、跡部が謝る必要無いから」
ニコリと笑って滝は「今日は用事があるから帰るね」と、ひらりと手を振って部室に向かった。
「来世…、か…」
その質問の答えを俺は、部活中ずっと探し続けた。けれど、部活が終わっても俺はソレにありつけなかった。もやもやとした気持ちのまま着替えをしていると、隣に馴染み深い息遣いが現れた。
「あーとべ、どないしたん?」
「…忍足」
にやにやと締まりのない笑みを浮かべた忍足が居た。俺は止めていた手を動かし、着替えを急ぐ。
「…なんだよ」
「部活中ずっと変やったから、跡部」
「……」
何もかもお見通しにしやがって…。むかつくヤローだ。と少し睨んだ。けれど忍足の緩みきった顔は締まらなさそうだ。
「なんや考え事しとるんとちゃう?」
「…ふん」
「図星やんなあ」
「…るせーよ」
着替えを終わらせ、俺はロッカーを半ば叩き付けるように閉め、荷物を腕に引っ掛けた。
「帰るん?」
くい、と引っ掛けた荷物を引っ張られ、バランスを崩した俺は、忍足にもたれ掛かるようなかたちになった。
「離せ」
「いややー」
「…あん?」
「お話ししよーや」
◆ ◇ ◆
「日、長なったなあ」
オレンジ色に染まる部室で、忍足は呟いた。
「ああ…。そうだな」
「俺なあ、こんな夕方にできる影が好きや」
「影?」
「おん。長く伸びて、なのに輪郭がはっきりしとって。繊細なもんやと思わん?日が暮れたら、灯りが無いと消えてまうんやで。こない綺麗なもんが…」
「……」
忍足が発する音の一つ一つが悲観的で。俺は俯いてしまった。俯いた先に見えた部室の床には、寄り添って座る俺と忍足の影が長く伸びている。
ああ、本当だ。本当に、綺麗、だ。
泣きそうなくらいに繊細だ。
「忍足…」
「んん?」
「お前は…、前世とか信じてんのか?」
自然に出た言葉にほんの少し動揺した。けれど忍足は小さく微笑んで答えてくれた。
「せやねえ。前世かー…、普通に、平凡に暮らしとったんとちゃう?」
「…そうか」
ああ、忍足はそういう人間だった。高望みしない。俺とは違う。少し忍足を遠くに感じた。目のまわりが熱くなった。それを振り払うように、滝と同じ問い掛けをする。
「なら…っ、なら、生まれ変わったらどう…ありたい?」
忍足は一度まばたきをして顎に手をあてた。
「どうありたい、なあ…。んー」
「難しい質問だったならいいんだ。気にすんなよ」
「ええの、答えさして」
忍足はまた、小さく微笑んで口を開く。
「また、健康で生まれて、頭よおなって、テニスして、色んな本読んで、」
綺麗なもの沢山見て、
知らないものを沢山知って、
色んな人と出会って、
あとは…、ああ、
美味しいもんも仰山食いたいなぁ、
そんで……
忍足は無垢に《したいこと》を述べていった。つらつらと。いくつもの望みを。
「ふふ、あとな?跡部、」
「あん?」
「生まれ変わっても跡部を好きになりたい」
忍足は少し照れくさそうに笑った。
「跡部は?」
「え、ああ…」
俺も。
僕達の転生論
(いっそこのままこの世に居たい)
(この世が何より完璧過ぎるから)
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