(医者×患者パロディ)











「いいのかよ、医者が患者とお喋りってよ」

「ええやん、俺は自分の主治医やんけ」



俯いたその横顔は、美し過ぎて消えてしまいそうだった。


これは儚い春の、真っ白なはなしだ。






















さとざ



















「桜、咲いてんな」

「おん、景ちゃんはお花見とか行かんのん?」

「しばらく行ってねえ」


跡部は目を細めた。揺れた睫毛の下、空を映したような碧い瞳は濡れていた。


「景ちゃん、お花見行きたない?」

「は…っ、行けると思うか?」

「散歩くらいは大丈夫やで」


跡部は俯いて真っ白なシーツと溶け合ってしまいそうなくらいに色素の失せた手のひらをくしゃりと握った。
そして、さくら色の唇をゆっくりと動かした。


「それは…だめだ」

「なんで?」




「…お前に…迷惑掛けちまうじゃねーか…」


必要のない心配をする彼に俺は苦笑した。


「散歩もカウンセリングのひとつや、つまり俺の仕事やで」


なんて言ったら、小さく「ばか」と呟いて、また俯いてしまった。
ほな行こか、と俺が着ていた白衣を羽織らせ手を握ると、跡部は頼りなく立ち上がった。






 ◆ ◇ ◆






「ふふ、春やねぇ」


跡部は俺の腕に捕まりながらゆっくり、ゆっくりと桜並木を歩いた。俺は幾度も跡部の髪に絡みつく花びらを払う。真っ白な、桜の花びらを。


「おい忍足…」

「なん?景ちゃん」

「なんで、」



「ここの桜は真っ白なんだ?って、言いたいんやろ」


クスクスと笑って跡部を見ると、怪訝そうに眉をひそめていた。


「そ、そうだけどよ…」

「…あんなぁ?ここの桜はな?サトザクラゆう種類の桜でなぁ、そのうちの白しか咲かない品種やねん」


興味深そうに耳を傾ける跡部は幼い子供のようで愛らしい。白すぎる肌が不似合いだった。


「普通、桜はピンクだろうよ。こんなん桜じゃねえ」

「まあ、そう言いなさんな。俺は桜は白やて思いこんどったときあったんやから」

「はっ、馬鹿じゃねーの?」


ケタケタの子供のように、跡部は笑った。つられるように俺も笑った。


「せや、向こうには薄ピンクの品種あるで?」

「…行く」

「なら行こか」











そう言って、とっておきの笑顔を湛えて跡部を見たが、視界に跡部は居なかった。
代わりに、跡部の肩に羽織らせた筈の俺の白衣が、別の時空に在るかのようにゆっくりと、倒れた跡部に掛かった。

真っ白な花びらと共に。






 ◆ ◇ ◆






…ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、……


その部屋では、規則的な機械音が響いていた。どんなに煩くても消してはならない、跡部の息の音。
綺麗なさくら色だった唇は、不健康に紫色に変わっていた。肌の白さは増している。




「ぐ…っ」

「景ちゃん…!?」

「忍、足…」


苦しそうに瞼を上げ、苦しそうに息をしながら跡部は起き上がる。




「なぁ…忍足…?」

「な、ん…?」

「俺…死ぬのか?」


残酷に響く《死》への思い。紫色の唇が小さく震えている。それは俺も同じなのであろう。


「いや…、手術」

「手術したら…治んのか…?俺は…死なねえのか…?」

「…お、ん」


はっきりとした言葉を発せられない俺に、跡部は顔をしかめていた。申し訳ないが、謝っても跡部は機嫌を悪くするだけだろう。




「忍足…?」

「…っ?」


返事が、喉をつっかえた。


「直ぐ、手術したい」

「直ぐ…!?」


明らかに俺へ向けられた、手術を求める言葉。跡部は真っ直ぐに俺を見つめる。強い、目だ。


「俺には…、出来ひん…っ」

「なんでだよ…!」

「俺に、景ちゃんの身体を切るやなんて無理や…!」

「何言ってんだよ!俺様が死んでもいいのかよお…っ」

「…ッ」


涙をいっぱいに溜めて真っ白なシーツを握る跡部。
俯いて弱々しく膝の上で拳を握っている俺。

辛いのは跡部で、俺は勝手に跡部の立場に立ったつもりでいた。最低だ。

無力で、馬鹿だ。






「お前じゃねぇと…出来ねえんだよ…!」

「無、理や…っ!」

「な、で…!?お前はっ、俺の主治医なんだろ!?違うのかよ…!お前はっ、俺が愛した人間なんだって…、」

俺はっ、お前の愛した人間だって…違うのかよ…!!







違わない。違わない。違わない。

全部正しくて、否定できなくて、否定したくなくて、否定しちゃいけなくて。


愛しくて、愛しくて愛しくてしょうがなくて。だからこそ怖くて。




でも怖がってはいけなくて。また跡部と桜が見たくて。





「お前に…、託すよ…?」

俺の、生死を。






 ◆ ◇ ◆






「忍、足……」

「景ちゃん…」

「これから…手術、だよな…?」


跡部はベッドに横たわっている。目は虚ろで、話し方は酷くゆっくりだ。


「…ゆうし」

「…っ」


不意に、いつもは呼ばれない下の名前を口にされ、うまく返事ができなかった。


「なぁ…、俺な、今凄く眠いんだ…麻酔か…?」

「おん…」

「本当に…手術すんのか…」

「おん…」


弱々しい手を握ると、それは幼い子供のようにあたたかかった。


「怖いんだな…手術って…」

「…」

「…でもな?侑士」





俺は死んでも怒ったりしねえから
だから、一緒に桜を見よう






 ◆ ◇ ◆






「景ちゃん…、」


手術室のライトに照らされた跡部は、いっそう白かった。

綺麗な身体に赤黒い傷痕を残して、手術が終わった。優しく寝かされた跡部は、酸素マスクで口を覆われていた。










どうしよう。
このまま起きてくれなかったら。



いやだ…

「いやだ…景ちゃん…っ」

目をぎゅっとつむって俯いた。きつく閉ざした筈の目から涙が溢れる。頬を伝い、顎を伝い、跡部が眠るシーツに染みをつけた。








「なんつー顔してんだよ」



景ちゃん…?



少し苦しそうに酸素マスクを外し、微笑む君がいた。



「景ちゃん…っ」

「ありがとな、侑士…」






また、桜が見れた。




E.N.D.





鮮やかな桜が、窓の外で舞っていた


その部屋で、さくら色の唇にキスをした













………………………‥‥

あとがき

久しぶりのあとがきです。一週間前の地震による被害が未だに続いている今ですが、これを読んで下さっている貴女様はいかがお過ごしでしょうか。
今回、とりあえず甘さがログアウトしないように頑張りました。ですが、自分でもどのあたりが甘いのかがわかりません。←
ただひたすらにお医者様な侑士が書きたかったのです。
景ちゃんが患っているお病気はギランバレー症候群あたりの免疫系のものと考えて下さい。幸村が患っていた病気のようなものと考えて下さって結構です。
サトザクラについてはご自分でお調べ願います。最初、白い花しか咲かないオオシマザクラと迷いました。
今回も長ったらしく荒々しい文章で申し訳ありません。氷狩は会話文を考えるのが苦手らしいです。
ここまで読んで下さり有難うございました。貴女様に素敵な明日が訪れますように。

2011.03.18.



top


コメント
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -