きみのくろが、ぼくのあこがれでした。
(お前も、痛いの…?)
跡部景吾は容姿端麗。
蜜色の髪に、アイスブルーの瞳、ピンクドールの様な肌。
ただ跡部にはないものがあった。
漆器の様な、黒。
忍足侑士のまとう黒が、跡部の憧れだった。
跡部は忍足と同じ部分を探した。
けれど納得のいくものはなかった。
同じ人間なのだから、体内の仕組みは同じだろう。
臓器の数、色は同じだろう。
だけど完全に同じとは限らない。
何か欠如があるかもしれない。
でも、テニスを楽しむ感情はきっと、同じだと自分に言い聞かせた。
ねえ、俺の抱いたこの感情は、お前にはないんだろう?
お前と共有できる感情は、俺にはないのかな?
◆ ◇ ◆
「跡部」
「あーん?」
跡部は、忍足の声がする方を見た。
忍足のまとう黒に、ひたすら魅入る。
再び鼓膜を震わす声に肩が跳ねた。
「なにぼーっとしとんの?」
「ん、ああ、悪い。なんだ?」
「一緒に帰らん?途中まで同じやろ」
「構わねえ」
ふわりと笑った忍足から目を背け、足元の石を踏みつけた。
けれどローファーに反射した夕陽が眩しくて、再び視線を泳がせた。
「跡部、今日家に来い」
「な、なんで俺様が…っ」
「ええから、忍足君のカウンセリングやで」
忍足の突然の微笑に、言い返すすべを、そして言葉の意味を考えるすべを奪われた。
きっとこれは、この感情の所為。
君の微笑は、心臓に悪いよ。
気が付けば、跡部の手首は忍足に掴まれていた。
「ほな、行こか」
再びの微笑と、忍足の体温、息苦しい位に上がる心拍数。
いつの間にか目の前には忍足の住むアパート。
扉を開けば広がる忍足のにおい。
「さ、お上がり、玄関じゃ寒いやろ」
その言葉に、此処は忍足の家だ、と強く思わせた。
(俺は今、忍足の家にいるんだ)
収まらない心拍数に、小さく息を飲んだ。
そして気付かれない程度に深呼吸をした。
◆ ◇ ◆
部屋の奥に入れば、ますます香る忍足のにおい。
優しい香りに肩を落とした。
けれど、どこを見ても自分の家と同じものは見あたらなかった。
部屋を照らす白熱電球も、忍足にぴったりのミッドナイトブルーのカーテンも、自分の家にはないものだ。
この部屋と同じ温もりも、自分の家にはない。目の奥が焼けるような感覚に、眉をひそめた。
「あーとべ」
「っ!?な、なんだ」
気が付けば目の前にいた忍足は、きれいな瞳をしていた。
濡れた黒。
底のなしの深海の様な。
雲一つない夜空の様な。吸い込まれそうなくらいの黒。
それに魅入っていると、忍足は怪訝そうな顔をした。
「なんや跡部、俺の顔になんか付いとる?」
「あっいや、なんでもねえ…」
俯けば、温もりがまた、跡部の手首を包んだ。
「とりあえず、お座りい」
忍足は跡部をソファーに座れと促した。
跡部が座れば、忍足はソファーには座らず、跡部と向き合う様に床に正座に近い形で座った。
「ほな、忍足君のカウンセリングスタートや」
また、忍足は微笑んだ。
「跡部、最近悩んでるんとちゃう?俺と話すときいつもぼーっとしとるし。どないしたん?」
「…知らねえよ」
「答えられへんなら、それまで待つ。ゆっくり考え」
忍足は跡部の手を軽く握り、跡部の膝に置いた。
跡部は俯いたまま。
だいぶ時間が立つと、跡部は小さく口を開いた。
酷くか細い声に、忍足は眉をひそめた。
「…忍足の…お前の髪や、瞳の黒が、羨ましかった、俺にはないものだから。けれど、きっと何か共通点がある。そう思った。だから、お前と俺の共通点を探した。けど見つかんねえんだよ…っ、いくら探しても。俺とお前は違う人間なんだって、それが辛かった。それだけだ…ッ」
忍足は、跡部の手を握る力を強めた。
「ちょお待っとって」
忍足は立ち上がり、部屋の奥の闇に溶けた。
戻って来て手にあったのは、カッターナイフ。
忍足は、そのカッターナイフの歯を出し、自らの指にあてた。
赤い線ができ、そこからぷつりと血が溢れ出す。
「おしたッ、お前なにしだすんだ!?」
「ええから、跡部も手え出し」
勝手にさらわれた手に、カッターナイフの歯があたる。
同じように、小さく血が溢れ出す。
「いたい…っ」
痺れるような痛みに、顔をしかめた。
「ほれ、見てみい跡部」
忍足は血の流れる指と指を絡めた。
「血は、同じやろ?同じ血が流れとるやろ?」
忍足は、絡めた指に力を入れた。
「跡部は、痛いんやろ?俺も痛い」
手を離し、忍足はその手を跡部の背中にあてた。
「俺達は、同じ人間やで。跡部」
ぎゅっと、抱き締められるような形になった跡部は、それを受け入れるように忍足の背に腕を回した。この感情は、俺だけが抱いていたんじゃなかったのかな。
「人間は…ッ、あったかいな…」
「せやな、俺達は同じ人間、跡部もあったかいで」
忍足は跡部の頭を撫でるようにして近づけた。
「この傷は、お揃いや」
ふわりと忍足は微笑み、それに跡部も笑みを浮かべ、それと同時に忍足の胸を濡らした。
カーテンの隙間から見える空はもう、忍足の瞳と同じ黒だった。
お揃いの傷痕
(人間だから、恋をして)
(痛みを共有できるんだ)
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