バシャァッ

髪から滴ってきた水滴がさらに私の肩を濡らす。
扉1枚隔てた向こうでは、ぎゃははは、なんて下品な笑い方をしてる女子が複数名。
まじウケるーとか、こっちの方がウケるんだけど。

今までの私だったら、ここで私の王子様が助けに来てくれるとか呑気なことを考えてたかもしれない(というかこんな目に遭う理由がない)けど
今なら助けなんか来ないことはちゃーんと分かってる。

向こうではいつの間にか笑い声は止んでいて、次に私に浴びせたのはただの罵声。
ねぇ、から始まり、応答しないとおいに変わっていく。

「幸村くん助けにこないとか、お前まじで捨てられたらんじゃないの?」

お前らが私の立場でも幸村くんは助けに来ません。

「何それ捨てられたとか超ウケるー!」

ウケるしか言えないのかお前ら。ウケる。

つーかさ…とかいう声が聞こえて、扉が思いっきり蹴られる。外れるかと思ったし思わずビクついてしまった私に苦笑する。

「黙ってないで何とか言ったら?」

「……」

「…あーあ、ほんとお前ってつまんねー奴」

行こ行こーと嵐のようにやっとあいつらは去っていった。
私は、完全に近くに人の気配が消えるまで息を潜めて、無くなったらはぁ…と深く溜め息をついた。

そして漸くトイレの個室から出て、辺りに人がいないかを確認する(流石にびっしょり濡れてるからバレるとうるさいし)。

廊下に水が落ちるけど、そんなとこにまで気を使ってやれないので気にしないで進んでいくと、足が止まった、というか止まらざるを得なかった、が正しいんだけど。

先程まで話の中心核にいた、幸村くんが私の前方から笑みを隠せないのか、軽く口元を抑えながら歩いてきた。


「ふふっ、随分滑稽だね」

「幸、村…くん…」


1歩1歩確実に近づいてくる幸村くんに、私は1歩も動けずにいた。前にも後ろにも。
ついに幸村くんは、私の目の前に立った。
幸村くんは近くて、腕を伸ばせば届きそう。なのに何故私には彼が遠くに見えるのだろう。彼に伸ばしたい腕だって、重くて持ち上がらない。

ふいに、幸村くんが私の濡れてる髪に触った。

「びしょ濡れだね」

そう、誰が見ても分かることを言って。

「今日はまだ、軽い方、だから…」

「そうかい?まぁ確かに、濡れてるだけだもんね」

髪から、頬へ手が移動する。頬に触れた手は、冷えた私の身体には温かくて心地よいものだった。


「俺の彼女って、大変でしょ」

「そう、だね…。助けてくれないから、捨てられた、んじゃないって言われたよ」


私がそう言って、幾分か上にある幸村くんの目を見ながら言うと、ふっ…と不敵な笑みを魅せて私の頭を撫でた。


「名前が俺を好きで居てくれるなら、俺は名前を捨てたりはしないよ」

「好きだよ、幸村くん」


俺も。鞄から自分のタオルを取り出して私の頭にかけると、帰ろっかと言って私の手を取ってくれる幸村くんはいつか、私を助けに来てくれる王子様なんだとどこかで信じてる私は彼の目にどれほど滑稽に映っているのでしょうか。



夢見る少女と傍観おうじさま





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