万物流転 | ナノ
34.わらって8
盲目の蛇は混乱して、その巨体をこの部屋いっぱいにくねらせ、硬い鱗に覆われた尾部を僕と先輩の間に叩き付けた。僕らがさっきまでいた所の地面はえぐれて粉々になった。さっき、先輩が咄嗟の判断で僕のことをこっちの水溜まりに突き飛ばしてくれなかったら…考えるだけでぞっとする。

「ポッター!組分け帽子を使えっ!」

先輩が怒鳴るようにして、僕の足元にあるつぎはぎだらけの帽子を指差した。帽子の中からは、目映い光を放つ銀色の剣がはみ出ている。ルビーの埋め込まれた柄を握って、むんずと手に掴んで引っ張り出した。バジリスクはとぐろをくねらせながら鎌首をもたげた。

大口を開けて毒牙を持つ大蛇が落ちてくる。僕は剣を両手で支えやつ目がけて突き刺した。「ポッターー!」先輩の叫び声が僕の鼓膜を揺らす。「残念だったな、レイリ・ウチハ…ポッターは死ぬよ」リドルの声は上から振ってくる様だった。

「ポッター!ポッター死ぬなよ!死ぬな!」

「君は知らないだろうけど、バジリスクは『毒蛇の王』と呼ばれている。目を潰したくらいで気になるなよ! ハリー・ポッター、君は死ぬ!」

大蛇は目や口から、どす黒い血を流して床に倒れ、ビクビクと痙攣している。やったのか?…僕の腕は、もう使い物にならないらしい。バジリスクの折れた長い毒牙が腕に突き刺さっているからだ。今にも涙を零しそうな先輩が駆け寄ってきて、僕の肩や頭に触れた。

「ポッター!ポッター!」
「哀れだねぇ…ほらごらん、君の鳥も泣いているよ?」

真紅の影がスッと視界を横切り、先輩の隣りへと下り立った。リドルの言うように、その目からは真珠のような涙をぽろぽろ、つややかな羽毛を伝って僕の腕へと滴り落としている。先輩は、静かになって顔を俯かせた。

先輩の顔を見ようにも、僕からでは埃とぬるぬるで汚れた髪の毛しか見えなかった。そして不意に「ねぇ、あなた」と恐ろしく透明な声で呟いた。その声はとても小さい音だったのに、よく通った。「なんだ」リドルは吐き捨てるように言う。

「――それでも主席?」

レイリ先輩は、僕を必死に呼ぶ時の顔が嘘のように不敵な笑みを浮かべリドルの方へ顔を上げ、フォークスが啼声を響かせながら宙へと舞い上がった。途端にリドルはハッとして頭上の鳥を睨み付け「不死鳥の涙…」と悔しそうな低い声で唸った。

「不死鳥の涙には、癒しの力があるのをお忘れかしら。
 トム・マールヴォロ・リドル――いえ、ヴォルデモート卿?」

激昂して腕を振り上げたリドルは、先輩の武器解除呪文によって杖を奪われた。そして、激しい羽音とともにフォークスが僕の膝上に何かをポトリと落とした。…日記だ!

一瞬の迷いなく、僕は瞳を血のような赤に燃え上がらせるリドルの制止を振り切って、日記にバジリスクの牙を突き立てた。恐ろしい耳を劈くようなリドルの悲鳴が長々と響き、日記からはまるで血のように、真っ黒のインクがどぼどぼと溢れ出した。

日記に刺した牙をぐりぐり力を入れて押し、深く抉ると、リドルは身を捩り、悶え苦しみながらのたうち回って、そして…消えた。

カクッと力の抜けた崩れそうになる身体を支えてくれたのは、他でもないレイリ先輩で、思わず僕はインクまみれの黒い手で先輩に抱き着いた。先輩はただ、何も言わずに背中に手を回して、片方の手で埃っぽい頭を撫でてくれた。

「よくやったね、ハリー」

20130813
title by MH+
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