万物流転 | ナノ
1.かざはな
死ぬまで、ずっと笑っていられたら…どんなに素敵な人生なんだろう。だけど、それが出来ないから、ちょっとしたことでふと笑ったり、何かに泣いたあとでまた笑えたりした時に、じわっと幸せを感じるんだろうな。

だから僕は、あの時先輩が泣いていたのを思い出すと、ちくちく胸が痛くなるのと同時に、僕は心から、たくさん先輩に笑ってほしいなって思うんだ。





第一の課題が終わってすぐ、僕はロンとハーマイオニーとシリウスへの長い長い手紙を書き殴り、梟小屋へと向かった。シリウスがロンへプレゼントした灰色の小ちゃい梟ピッグウィジョンの脚に手紙を括り付けて、窓から放るとその梟は途端に四、五メートル墜落して、薄い雲の隙間を縫うようにヨロヨロ飛んで行った。

ロンとハーマイオニーが今日のことをぺちゃくちゃと喋り、僕は専らそれを聞いていた。そんな帰り道の途中で、僕はレイリ先輩を見かけた。彼女は、僕らの前では、品行方正で優しくいつも笑っている…そんなイメージの二学年上の先輩で、ホグワーツの代表であるセドリックの助手を務めていた。

先輩は今、中庭の巨木の下に佇んでおり、僕が声をかけようとするのをハーマイオニーが「ダメ!」と言って制した。ロンが「どうしたんだよ、ハーマイオニー。レイリだぜ?」と不思議そうな顔をして彼女に尋ねた。きっと僕もロンと同じような顔をしているに違いない。

ハーマイオニーはジニーと一緒で、レイリ先輩を崇めるように慕っている生徒のうちのひとりだった。彼女はいつも先輩の姿を見かけると、自分から声をかけて行くぐらい時間があれば彼女の傍に居たがるのに…それなのに、今は僕がレイリ先輩へ声をかけるのを途中で止めさせたのだ。

「よく見て!…彼女、泣いてるわ」

心配そうな目付きで、ハーマイオニー自身も瞳を潤ませながらぼそっと呟いた。その声に、僕もロンも『あのレイリ先輩が泣いてる!?』とびっくりして、彼女の姿をよく見ようと身を乗り出した。確かに、先輩の肩は震えていて、手の隙間から見える頬や目元は赤く染まっていた。

「泣いてるなら、余計声かけなくちゃだろ!」
「今はダメよ!」
「どうしてだい?先輩が泣いてるのに、励まさなくてもいいの?」

「女の子の正しい励まし方を、あなた方が知ってるとは思えないわ!」

ハーマイオニーにそう言い返されると『それもそうか』と納得してしまい「とにかく、状況を判断するに」と話し出した彼女の推測はこうだった。試合が終わり、その余韻の残る校舎内や談話室を避けて、人目を忍んだあの場所で涙を流すという行為は、このことを誰にも知られたくないという心情の表れだということ。

もしかしたら、僕と同じで本当の両親のいない先輩は、ずっとこうして隠れて泣いてきたのかもしれない、と僕は不意に思った。それに、僕らの前ではこの三年間、一度も泣いた姿を見せたことのない優しくて強かな彼女は、他の人に自分の弱いところを見られたくないのかもしれない、とも思った。

ちょっとだけ、湿っぽい空気になりながら、僕ら三人はそそくさとその場から離れた。けれど、グリフィンドールの談話室に入ったら、彼女を気の毒に思っていた気持ちなんてすっかり吹っ飛んでしまった。

そこは、歓声と叫び声が爆発したような騒ぎで、フレッドとジョージが厨房からどっさりくすねて来た食べ物がテーブルいっぱいに並べられ、リー・ジョーダンが花火を破裂させて、寮生の頭上にはきらきらと星が散っていた。

絵の上手なディーン・トーマスが見事な旗を何枚か作ってくれていて、それのほとんどがファイアボルトに股がり、ホーンテールの頭の上を飛び回っている僕だった。照れくさくなったけど、旗のうちのほんの二、三枚に頭に火がついたセドリックの絵を見つけた時は、ちょっと申し訳なく思った。

そのせいで僕は気付かなかったけど、いつもより青白い顔をしたレイリ先輩が談話室へと戻り、騒ぐ生徒の間をするりと抜けて女子寮へと続く階段をそのまま登って行った。彼女は結局、このパーティーに参加しなかったのだ。

20130909
title by MH+
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