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しかし、無情なる雪玉の洗礼は、何時まで経ってもやってこなかった。
 代わりに、荒く雪を踏む音と共に近づいてきた気配が、息を弾ませながら彼女の前に立つ。驚いて目を開けると、そこには今まさに反撃の姿勢を取った要の姿があったのだ。
「さっきから――調子に乗りすぎなんだよ、てめえっ!」
 足元の白銀を踏み散らし、両足がしかと地面を捉える。ぐうと捻った上体に込められた力により加速して、弾けるように飛ぶ渾身の一撃を、レゾンは間一髪で回避した。漆黒の外套に僅か、一筋の白い線が残るのは、ぎりぎりのところを玉が掠めたせいだろう。軽くそれを払うと、乱入者を一瞥する。そこに驚いた様子は微塵もなく、飄々と肩を竦めると、傍らへと戻ってきたアイディールに視線を流す。
「……何時に間に休戦協定を結んだんだ? お前ら」
「別に、そんな大仰なものは結んでいないさ。ただ……君の行動はあまりにも目に余る、という意見が合致しただけの事だよ」
 溜息混じりに告げる白い英雄に、同意するような格好で要もまた頷いた。素手で雪を握っていた少年の指先は真っ赤だが、握り締めた手が震えているのは、けして冷たさのせいだけではない。
「大体……っ、雪合戦に慣れてない奴に対して配慮がなさ過ぎるだろ! なにが“慣れれば避けられる”だ! 慣れさせるつもりなんか微塵もねえくせに……!」
「おー……中々痛いとこ突くな、坊や。その通りだ」
「いや、あんた……なに堂々と開き直って」
「けどな、これは不可抗力だ。何故なら……――美人を弄り倒すのは、男のロマンだからな!」

 その瞬間――場の空気は凍りついた。
 胸を張って言い張るレゾンの姿は、それは威勢のいいものではある。だが、その主張内容といったら、改めて言うのも野暮なくらいに下らなかった。下らないのだが、如何な理由であれ、強引に押し切られると、正論に聞こえてしまいそうなのがまた、恐ろしい。事実、暫し再起の時間を要した要と琥珀は、開いた口も塞がらないといった様子だった。おもむろに眉間へ指先を当て、重い溜息をついたアイディールを除き、人影は絵画のように動かない。