雪合戦という名の浪漫

「おーい。投げるぞ、お嬢ちゃん」
 拳大に握った雪玉を手にして、そう宣誓した。と同時に、レゾンは満面の笑みを浮かべながら、それを投じる。狙った先には、如何にも人が良さそうな少女が居た。
 さして速度も無いそれだが、あわあわと盛大に慌てて、右往左往している。真紅の丸い、澄んだ瞳をした琥珀を見た時、まるで雪兎のようだと思ったのが、遠い昔のようだ。一体どのくらい、こうして児戯に興じているのかは分からない。なにせ、一面の銀世界である。時の経過を報せるのは、ゆったりと流れる綿雲くらいなものだ。
 知らず空を仰いでいたが、ぼすりという名状しがたい音がすると、紅蓮の瞳は先程までの位置に戻される。そこには、深く積もった雪の上で転んだ琥珀が目を回していた。恐らくは、レゾンが投げた玉を避けようとした結果なのだろうが、雪玉ひとつ直撃したよりも、明らかにダメージが大きいだろう。勢いそのまま、新雪に沈みこんだ両腕を慌てて引き抜きながら、少女は半ば涙目で抗議をしてきた。
「レ、レゾンさん……! さっきからどうして私ばっかり狙うんですか…!?」
「なんていうか……流れで? や、だって要とアイディはあっちで派手にやってるし。知らない内に二分化されてんだもんよ」
「じゃあせめて、私が雪玉作るまで待っててくださいよ〜……! 私、雪合戦なんてしたことないから、雪を握る所からして上手くできな……」
「そういうのは実践あるのみだ。大丈夫、大丈夫。お嬢ちゃんスジは良いから、慣れればひょいひょい避けられる、投げられる」
「だっ、だから投げる雪玉が無いと、投げたくても投げられないじゃないですか!」
「よーし、その意気だ。もう一発投げるからなー。今度は避けてくれよ」
 実に尤もな琥珀の主張を全て無視した上で、レゾンは話している内に手早く作った玉を再び、放つ。眼前の男がまったく話しを聞き入れない事が、些か以上にショックだったのだろう。立ち上がろうとした途端に飛んできたそれを、避ける事もままならなかった。ぎゅうと固く瞼を閉じ、やがてやって来る衝撃に身を竦める。