3
『何でもないよ!? ちょっと世間話してただけ。全然大した話じゃないよ。ねっ? アメリア』
『はい。それよりもマスター、店の方はいいのですか?』
『……そうですね。私がいない間にお客さんが来たら困りますし、そろそろ戻りますね』
肩を落としながら踵を返す琥珀。その顔には、暗い影が漂っていた。
あまりにも気になったものだから、思い切って二人に問い掛けてみたものの、現状を打破する突破口は未だ見付からない。机に突っ伏したまま、琥珀は再び深いため息を吐いた。
そんな彼女を見つめながら咲夜が肩を竦めた、その時。扉の上部に取り付けられた鐘の音が鳴り響いた。来客の合図だ。すると琥珀は、勢いよく顔を上げる。そして、あっという間によろず屋主人の顔になったのだった。
琥珀が店で頬杖を突いていた頃から遡ること、十数分。
扉が静かに閉まったことでユリアの部屋に沈黙が流れ、廊下では琥珀の気配が徐々に遠ざかって行く。そして完全に無人になったのを感じると、ユリアは肺の空気全てを出し切るように、深く息を吐いた。
「危なかった……」
「あと少しで見つかるところでしたね」
「うん。でもこれからは、もっと慎重に準備を進めなきゃ」
二人がテーブルの下から取り出したのは、様々な色の折り紙。中には、長方形の端同士を貼り付けた輪を長く繋げて鎖状にしたり、様々な形に切り取ったものもある。これ等は全て、琥珀たちの誕生日当日、リビングをパーティー会場にするための飾りだ。
はさみと糊を手に着々と作業を進める中、思い出したようにアメリアが声を上げた。
「そういえば、ユリアさん。メインディッシュに添える野菜はどうしましょうか?」
「うーん、そうだね……焼き魚だから、蒸し野菜が良いかな」
「そして最終確認ですが、魚料理は二十七ページのものでよろしいですね?」
「あー……ページは忘れちゃったけど、『これがいいね』って言ったやつね」
「了解です。料理データのフォルダを作成します」
ユリアは苦笑を浮かべながら頷く。結局、あの日見ていた本は購入していない。内容は全てアメリアが記録したのだ。だから、人並の記憶力しかない彼女が、そんな細かいページ数まで覚えているはずが無い。
その時、今度はユリアが「あっ」と何か思い出したように声を上げる。そして床に手を着いて体を伸ばすと、本棚から一冊の本を引っ張り出した。
「デザートのケーキはこれね。フルーツたっぷりのショートケーキよ」
「了解しました。同じフォルダにデータをコピーします」
アメリアに見せたのは、デザートの料理本。するとアメリアは、ぶつぶつと声を上げながら素早く目を動かす。料理のデータをインプットしているのだ。
その傍らで、ユリアはおもむろに声を上げる。
「……ねぇ、本当にアメリアの言う通りにしか料理しちゃダメなの?」
「駄目です。ただでさえユリアさんが料理をするのは危険なのに、そんなことを許せるはずがありません」
「……相変わらず、言うわね」
「私は事実を言ったまでです」
ぐっと口をつぐませるユリア。アメリアからきっぱりと反対され、口を尖らせる。そして気を紛らわせるように、再び手を動かし始めた。
それにつれ、徐々に減っていく折り紙の枚数。こうした目に見える変化は、同時に誕生日当日が近付いているということを実感させてくれる。そして、来る日に思いを馳せた。
パーティーの始まりは、豪華に飾り付けした部屋に入って来た琥珀と咲夜を、クラッカーで迎え入れるところから。そして、バースデーソングの定番、『Happy Birthday to You』を歌いながら、バースデーケーキをお披露目。その後、ろうそくだけが灯る部屋でそれを吹き消したら、皆で美味しい料理を食べて――
その時の二人の驚いた顔や喜んだ顔を想像し、ユリアはそっと頬を綻ばせるのだった。