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「琥珀姉様と咲夜、どの料理に一番喜んでくれるかな……ねぇ、アメリアはどう思う?」

「ユリアさんが料理を作れば、マスターと咲夜さんが喜ぶのですか?」

「もちろんだよ! 誕生日をお祝いされて、嫌な気持ちになる人なんていないんだから!」





 アンドロイドのアメリアは、人間なら誰しもが持っている感情を知らない。だから、「誕生日」という言葉は知っているが、それは情報の一つとして記録されているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。



 だが、弾けるような笑顔で胸を張るユリアを見ていれば、誕生日は人間にとって喜ばしいものだということは理解出来る。ならば、誰よりも大切な琥珀のために、たまには料理をするも良いかもしれない。



 もっとも、ユリアの料理が琥珀に喜びをもたらすなど、未だに理解出来ないことは残っているのだが――





「ユリアさん、私もやります。ユリアさんだけでは大変危険です」

「危険って何よ! ……でもまぁ、最初からアメリアと一緒にやるつもりだったし、別にいいけど。じゃあ、どの料理がいいか、一緒選ぼうか」

「はい」





 ユリアの隣で料理の本を見ながら、アメリアはそのデータを事細かにインプットしていく。と同時に、彼女の思考回路にもう一つの指令が組み込まれた。





(マスターは私が守る)





 アメリアが密かに警戒モードになっていたとは露知らず、ユリアは楽しそうに彼女に語り掛けていたのだった。











 木製の扉のノブから吊り下がる、「OPEN」の看板。その店内の奥には、机に頬杖を突いてぼんやりと扉を眺める少女――琥珀。



 可憐な花のように整った容姿は、十代後半といったところか。だが、ルビーのような真ん丸い目は不満そうに細められ、口もつまらなさそうに尖らせている。そんな浮かない顔をしているせいか、透き通るような白銀の髪もわずかに曇っていた。



 彼女がこんな顔をしている理由。それは、一部のよろず屋メンバーの態度。ここ数日、ユリアとアメリアの琥珀に対する接し方が、変に余所余所しいのだ。いつも慕ってくれていただけに、彼女たちの豹変ぶりが余計に目に付き、気になって仕方がない。





「……私、二人に何かしてしまったんでしょうか」





 彼女たちが気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。不快にさせるような行動を取ってしまったのだろうか。そんな思いが頭の中を駆け巡るも、当の琥珀には何の心当たりも無いため、対処のしようがない。心に広がる霧が不安を煽り、深いため息を吐いた。





「そんな辛気臭いため息を吐いてると、幸せもお客さんも逃げて行くわよ」

「咲夜……」





 琥珀が振り返る。その視線の先、店の奥から現れたのは、琥珀と同じ色の髪と瞳をした少女――咲夜。赤いタートルネックと黄色のジャケットという出で立ちの琥珀とは対照的に、咲夜は淡い紫の着物を模した服。その外見は小学生のように幼い。だが、落ち着いた佇まいと口調からは、成熟した大人の女性のような雰囲気が窺える。



 そして咲夜は、聞こえてきた琥珀の呟きと彼女の表情から事態を察し、そっと彼女の隣に立った。その顔に苦笑を浮かべて。





「ユリアとアメリアね……琥珀の気持ちも分かるけど、あんまり思い詰めない方がいいわよ」

「それは分かってるんですけど、でも……」





 琥珀は「あぅー……」と泣きそうな顔になりながら、机の上に組んだ腕に顔を埋めた。







『ユリア、ちょっといいですか?』

『こ、琥珀姉様っ!?』





 何気なく声を掛けただけだというのに、扉の向こうからは大袈裟な程に驚いたユリアの声が帰って来る。しばらくして扉が開くと、平静を装っている彼女がいた。その影からはアメリアの姿も見える。





『アメリアもここにいたんですね。ですが、二人で何の話をしていたんですか?』





 琥珀が小首を傾げる。だが、ユリアは気まずそうに視線を泳がせるばかりで、アメリアは一向に琥珀と目を合わせようとしない。



 そんな二人にますます不信感を募らせ、琥珀が口を開こうとした、その瞬間。遮るようにユリアが声を張り上げた。