見たいのは貴女の笑顔
活気に満ち溢れ、買い物客で賑わう商店街。そのシンボルとも言える仕掛け時計から人形たちが現れ、くるくると回る傍らで優美なワルツが辺りを包む。それはさながら、おとぎ話の中の舞踏会。そしてしばらくして、人形たちが静々と帰って行くと、時を告げる鐘の音が三度鳴り響いた。
燦々と降り注ぐ太陽の光。立ち眩みを起こしそうになる昼の強い日差しは、アーケードに遮られたおかげで淡く優しい。その下を颯爽と歩く、一人の少女――アメリア。
まず目を引くのは、光や熱をことごとく吸収するような真っ黒い大きなリボンと、地面に届く程に長いポニーテール。それは歩く度にゆらゆらと揺れ、黄緑がかった金の髪がキラキラと輝きを放つ。そして黒いワンピースに、白いフリルのエプロン。加えて、引き締まった表情もあって、名家のメイドのような風貌だ。
その彼女が商店街に訪れているのは、ある人から依頼されたから。
『アメリア、悪いんですが、今日の夕食の買い物をお願い出来ますか? 今日の仕事は、夕方まで帰れそうにありませんから……』
アメリアのマスター――琥珀。誰よりも大切な彼女から、申し訳なさそうな顔でメモを渡されたのは、約一時間程前のこと。その後、琥珀は急いでよろず屋を後にした。今日は大きな仕事が入っているのだ。そうしてアメリアは、手にしていたモップを買い物籠に持ち替えて外に出た、という訳だ。
そして現在。指定された食材の買い出しも終わり、アメリアがよろず屋へ戻ろうと歩いていた、その時。真っ直ぐ前を見ていた彼女の紫の瞳が、チラリと動いた。
その目が捉えたのは、赤いリボンのセーラー服に身を包んだ少女。金の髪を右耳の上で纏め、緩やかに広がったところを紅い球が二つ付いたゴムで再び纏める、特徴的な髪型。よろず屋メンバーの一人――ユリア。彼女はアメリアが見ていることも気付かず、店の中へと消えて行った。
レジと店員の声が届く中で耳を澄ませば、至る所から紙をめくる音が聞こえてくる。そして、微かに鼻腔をくすぐる独特の匂い。店の外が賑やかな分、まるで異空間に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥る。
立ち読みをする人の間を擦り抜け、ユリアは目当ての本棚の前で立ち止まる。そして、背表紙をなぞるように指先を滑らすと、ある本を手に取った。
「あった……!」
秘密の宝物を見付けたような顔で本をめくると、様々な料理のレシピが写真付きで紹介されていた。そのどれもが美味しそうで、匂いまで届いてくるかのよう。どれが良いか、と目移りしてしまう。
と、その時。突如として背後から声が掛かった。
「ユリアさん、何をしているのですか?」
「キャッ!?」
本に夢中になるあまり、近付いて来る気配に全く気付かなかった。ユリアは思わず大きな声を上げてしまい、周囲の白い目一つひとつに苦笑を浮かべて軽く頭を下げると、声の主を軽く睨んだ。
「もう、アメリア、驚かさないでよ……」
「すみません。ユリアさんが本屋に入って行くところを見たもので。何を見ていたのですか?」
「料理の本だよ」
にっこりと笑みを浮かべながら、アメリアに向けて本を広げる。
そんな楽しそうなユリアとは反対に、アメリアは「料理」と小さく呟いた。
「ユリアさんは、この料理を作りたいのですか?」
「え? うん……そうだね、どの料理が良いかな……迷っちゃうな」
はにかみながら視線を本に戻すユリアに、今度は沈黙を返す。そんなアメリアの頭の中では、最上級の警戒を促すサイレンが、けたたましく鳴り響いていた。
ユリアの料理の腕は壊滅的――それはアメリアのみならず、よろず屋メンバーの共通認識だ。その理由は味見をしないからなのだが、にも関わらず、ユリアは料理が好きだと言う。性質が悪いことこの上ない。
今のうちに阻止しておかねば、惨事になるのは目に見えている。そう判断し、アメリアが声を上げようとした、その瞬間。ユリアの口からある名前が出たことで、彼女のサイレンはピタリと止まった。