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激しい音を立てて椅子が床に倒れ、その横に琥珀も倒れ込んだ。


しかし、体に思ったほどの衝撃は伝わってこない。




「………?」


「おい、大丈夫か?」




すぐ近くで聞こえた声に、琥珀は目を瞬かせ顔を上げた。


目の前にあるのは、レスカの顔。


レスカは倒れた琥珀を受け止め、下敷きになりながらも庇っていた。




「レ、レスカ!?」




慌ててレスカの上からどいた琥珀は、体を起こすレスカを心配そうに見つめる。


レスカは何事もなかったように体を起こすと、座ったまま天井を見上げた。




「……………」


「レスカ………?も、もしかしてどこか痛めました?大丈夫ですか?」


「あぁ、問題ない。それより………」




レスカは天井を指差した。


それにつられて琥珀も顔を上げ天井を見上げる。




「あ………」


「シミが滲んで広がった」




2人の視線の先にあるシミは、右側の丸いシミが斜めに伸びていた。




「ますます不気味に………」


「とりあえず、擦れば落ちそうだな」


「そうですね………。今のやり方で頑張るしかありませんね」




そう言って雑巾を片手に気合いを入れた琥珀は、何度も何度も飛び上がり天井を擦る。


その姿は、オモチャに飛び付くテンションの高い犬のようだ。


何度も繰り返し跳ぶ琥珀を、レスカは起こした椅子にもたれて見つめている。


しばらくして………




「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」




肩で息をする琥珀が、床に手を付き座り込んでいた。




「い、意外と………疲れます………!」


「だろうな」




レスカはもたれていた椅子から離れ、天井を見上げた。




「それに………あまり効果はなかったようだ」


「え………?」




顔を上げた琥珀が見たのは、汚れが落ちるどころか滲んだシミが広がり黒ずんだ天井。




「うっ………。今まで以上に不気味に………」


「元からあったシミを薄くなったが………顔の周りにドス黒いオーラが出来上がったな」




レスカの言葉に、琥珀は盛大な溜め息をついた。




「あんなに跳んだのに………」


「その作戦は失敗だったな」




レスカは項垂れる琥珀に歩み寄ると、手から雑巾を取った。




「今度は私がやろう」


「え?」




思いもよらぬ言葉に、琥珀顔を上げた。




「レスカも跳ぶんですか?」




いつも冷静沈着なレスカが、雑巾を片手に飛び跳ねる。


想像するのも難しい姿だ………。


琥珀がそんなことを思っていると、レスカはおもむろに何かを取り出した。




「私は、コレを使う」




そう言って取り出したのは、レスカが愛用している武器、『ドルチェビータ』。


レスカはドルチェビータで雑巾を巻くと、天井に向かって振り上げた。


バシッと音を立てて雑巾が天井にぶつかる。


狙い定めた場所に雑巾は当たり、徐々に汚れが落ちていく。


それを見ていた琥珀は、複雑な表情を浮かべていた。




「レスカ………なんかズルい」


「何がだ?」


「私は跳ねたのに………」


「お前も使えばいいだろう、トンファーでも何でも」


「トンファーでどうしろって言うんですか!?今までと同じように飛び跳ねるしか出来ないじゃないですか!」


「私に文句を言われてもな………」




レスカは小さく溜め息をつき、雑巾を振り回す。


疲れ切っている琥珀は、床に座ったままレスカが綺麗にしていく天井をボーッと眺めていた。