思いも寄らぬ日常

 



≪思いも寄らぬ日常≫







桜花町にある、一軒の『よろず屋』。


そこのオーナーである琥珀と、従業員の1人であるレスカは、共に頬杖を付きながら店の入り口を見つめていた。




「………暇ですね」


「そうだな」


「今日は来ませんね、依頼」


「ああ、来ないな」


「………眠くなってきました」


「寝るな。依頼が無くても仕事中だ」




淡々と答えるレスカの声に促され、琥珀は腕を伸ばした。




「んー………。ん?」




腕を伸ばした際に天井を仰いだ琥珀は、何かを見付けた。


腕を伸ばしたまま固まる琥珀に、レスカも顔を上げる。


2人が見上げる天井には、黒いシミが3つ。


2つのシミは少し離れて並ぶように丸く付いており、もう1つのシミは2つの間に縦長に伸びている。


それを見た琥珀は、腕を下ろし呟いた。




「なんか………目と口みたいですね」


「悲鳴を上げてるような顔だな」


「ちょっと不気味ですね」


「そうか?」




興味を失ったレスカは、顔を下ろし再び開かないドアを見つめる。


琥珀はしばらく天井を見つめた後、おもむろに立ち上がり店の奥へと消えた。


何をしに行ったのかと、琥珀が姿を消した通路に目を向けていたレスカは、ふと天井を見上げた。


何となくシミを見つめていたレスカの視界に、琥珀の銀色の髪が映る。


レスカが視線を向けると、琥珀は椅子を移動させていた。


足元に置かれたバケツを見ると、どうやら天井のシミを拭こうとしているらしい。




「レスカ、椅子を押さえててもらえますか?」




琥珀は水が張ったバケツの中から雑巾を取り出し、ギュッと絞った。


雑巾を手に椅子に乗る琥珀を見ながら、レスカは椅子から立ち上がる。




「押さえるのは構わないが………」




琥珀が乗った椅子を押さえながら見上げるレスカは、淡々と告げる。




「届くのか?」


「それは勿論、届きます。ほらっ!」




雑巾を持った手をピンッと伸ばした琥珀は、そのまま固まった。


レスカはそんな琥珀を見て、小さく溜め息をついている。




「何がほら、だ」


「……………」




レスカの呟きに、琥珀は顔を赤くしながら伸ばした手と、その遥か先にある天井を見つめた。




「わざわざ椅子に乗らなくても、あそこまで跳べばいいだろ」


「あ、そうですね!よしっ」


「ちょっと待て。一旦椅子をどかし………」


「よっ」




琥珀はレスカの声を聞かず、椅子の上で跳んだ。


丁度いい高さまで上がった所で、琥珀は持っていた雑巾で天井を擦る。


すぐに下降を始めた琥珀は、椅子に着地するが見事に足を滑らせた。




「えっ」


「!」




琥珀は椅子と共に倒れた。