ある夏の日

みんみんみん、と蝉の鳴く声が定番と化してきた夏。
世間一般は七月中旬、あともう少しすれば夏休みに突入する。クロとスズの通う大学でもそれは例外ではなかった。

学生には、宿題と言うものが課せられる場合が多い。彼らの大学でも、夏休み前にそれぞれの学科から与えられた課題やレポートや課題をクリアしなければいけないという試練がある。

当然、クロとスズも例外ではない。

「あ〜! わっかんねえ!」

大学内のカフェテリアで声を上げ、スズは机に突っ伏した。彼の周りには、紙の束とノートが数冊積まれており、頭の下にも、なにやら難しそうな数式や文字が書かれたノートが開かれていた。

彼が例外なのではなく、ここでは何人かの学生が同じようにノートを広げて勉強していたり、課題をこなしていた。

「なんだよ〜。教授ももう少し優しい課題出してくれりゃいいのに……。なんかこう、レーダーとか作るとかさぁ」
「それは、お前だけが喜ぶ課題だろう。愚痴を言う暇があったら、さっさとやれ」

向かいに座っていたクロは溜息をつき、持っていたシャープペンでスズの頭を軽く小突いた。

クロも課題に追われる身ではあるが、こちらは計画を立てつつ、こつこつとやってきて、現在はだいぶ余裕ができていた。

それに反し、スズは残り3つの課題を抱えており、そのうちの一つは大学内でも厳しいと有名な教授のものだった。しかも、それは必修科目なので、手抜きは許されない。
その課題に唸りながらも、スズはレポート作成に取り掛かる。クロも、残りの課題を片づけるためにシャープペンを走らせた。

「……なあ、クロ」
「うん?」
「今年の祭さ、お前どうする?」

不意に、スズが放った言葉に、クロは手を止めた。

彼らの暮らすこの町では、毎年夏になると伝統的な祭が催される。それは一見すると「鬼ごっこ」が大規模になったようなものである。
毎年この祭には、二人とも「鬼を追いかける側」になって参加している。

クロは頭脳明晰で、相手の裏を掻くのが得意だ。それを生かして、毎年自分たちの側を勝利へと導いていた。
周りの人達は、今年もクロがそちら側へ行くのだろう、と思っていた。

しかし……。

「んー……。とりあえず考えてる。祭まで時間はあるし、ゆっくり考えるよ」
「……そっか」

クロの答えに、スズはただそれだけ言った。そして再びレポートへ視線を移す。クロも、自分の課題を再開し始めた。

クロの心情はわからないが、きっと思うことがあるのだろう。
それ以上聞いても無駄だと悟り、今やるべきことに集中することにした。

しばらくして、スズはようやく手を止めた。

「よっしゃ〜……。とりあえず、一番大変なのはこれで終わり、っと……」
「お疲れさん。俺も、ちょうど終わったところだ」
「お、そっちもお疲れ」

スズは椅子にもたれかかって伸びをし、クロは終わった課題をまとめて鞄に詰めた。こうやって、一仕事終えた達成感はひとしおである。

「なあ、アイス食いたくね?」
「俺も同じこと思った」
「よし、コンビニ行こうぜ!」

スズも慌ただしく課題を鞄に突っ込み、カフェテリアを出るために立ち上がった。クロも鞄を持って立ち上がり、スズの後を追おうとした。

ふと立ち止まり、空を見上げる。
白い雲は高く高く、太陽はぎらぎらと夏の日差しを振り注がせている。

「おい、クロ。どうした?」
「いや、なんでもないよ。行こうぜ」

クロは微笑み、空から視線をそらした。


夏は、祭は、これから始まろうとしていた。




‐終‐