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触れるほど、触れられるほど募る透明な不安は、相手と離れているほんの一時に大挙して押し寄せてくる。
指を絡め、抱きしめあい、互いの体温を感じている間はまるで世界を二人占めしている幸福な空想さえ抱けた。しかし、するりと滑らかな肌を通り手が離れ、過ぎる風が温もりを奪う頃、ぱちんと泡が弾けるようにあの心強さが消えてしまう。
形のない気持ちを伝える言葉や仕草にも、やはり形が無いからだろう。目に見えて触れられるのは目の前の思い人しかいない。だから、相手でないと意味がない。そこに代わりなどという都合のイイものはなく、唯一無二という表現が切実な恋しさを募らせていくのだ。
――もちろん、ちゃんとジューンのことは信じてる。
胸のうちで淡々と流れていた独白に、エイプリルはきゅっと唇を引きながら反論する。不安になるのは彼の落ち度ではない、こうして一人で勝手に不安になっているのは自分なのだから。
深夜、満月、冷たい夜風。零した溜息すら白く凍らせてさらって行ってしまう冴えた夜だった。眠りにつく家々の屋根を伝いながら、一番月が綺麗に見える場所で落ち着く。シルクハットのつばを持ち上げて、色違いの瞳が降り注ぐ月光を仰いだ。
後ろ手にはリボンの巻かれた小さな箱。
何時ものようにターゲットのファーストコンタクトを任されたジューンが、無事に自分の元へ帰ってくるように。そう、今回だってきちんと彼は約束をしてくれた。必ず戻ってくると。
小箱の存在を気づかれないよう、あえて屋根の縁を背にして正面から向き合えるよう佇む。ただでさえ敏いジューンなのだから、ここまで一人で準備したのだしきっちり驚かせなくては。
不思議と、不安は消えている。ただ、彼を待ち侘びる期待だけが胸を満たしていた。
不意に意地悪な風がやむ。眼前ではばたく青い蝶、少女は満面の笑みを綻ばした。
「おかえり、ジューン!」
「ただいま、エイプリル。すまない、寒かっただろう」
労わりながら抱きしめてくれる彼の背に、何時もだったら応えるように腕を回すのだけど、今夜は違う。抱擁を受けながらもぞもぞと身じろぎ、後ろに隠していた箱を慎重に前へ持ってくると、エイプリルの笑顔は悪戯っこのようなものに変わった。その瞬間、驚きに染まった彼の表情を、少女はこの先も忘れないに違いない。
例えどんな悪夢の先でも。
「いつも有難う、大好きだよ。これからも、ずっと!」
幸せなチョコレート色の夢を、何度でも思い出すから