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 それは凄く申し訳ない気がしたし、恥ずかしかった。自分だけが喘いでいるということになるからだ。
「わ、わたしさ……もう、大丈夫だと思うから、そんなに気にしないで、ね」
 しどろもどろに今思っていることを話すと、蓮汰は一段と顔を赤くし自分から目線を外すように俯く。
「……雪菜って結構大胆なんだな」
 いかにも意外といった声に、申し訳なさと恥ずかしさを覚えてしまった。小さな声で、子供が喧嘩しているときのように言い返す。
「……蓮ちゃんも男の子、って感じだよ?」
 その言葉を聞いた蓮汰は罰が悪そうに続ける。
「雪菜が可愛いから、仕方ないだろ……」
 ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声だった。
 嬉しくて、恥ずかしくて、雪菜はどのように返していいのか悩んでしまった。そっと目を伏せる。
「雪菜、痛かったら爪立てていいからな」
 少ししてから、そのような声が聞こえてきた。これからなにをするのか分かり、雪菜はそっと視線を逸らす。
「……うん」
「あっ、だけど我慢もするなよ」
「う、うん」
「オレは、雪菜に痛い思いをさせたいわけじゃないんだからな」
 念を押されて、くすりと笑い声を漏らす。そんなに念を押さなくてもいい気がしたが、蓮汰のおかげで緊張が解けた気がした。自分では緊張していないつもりだったが、どうやらいつの間にか緊張していたらしい。
 笑われたことに、不満そうに唇を尖らせている蓮汰が視界の隅に映った。しかし蓮汰はなにも言わずに、力なく開かれた雪菜の股の間に入ってくる。
 足の間に誰かが入ってくるなど初めてだ。慣れぬ感覚に嫌でも身構えてしまった。
 不安そうに蓮汰を見上げると、蓮汰は大丈夫だとばかりに自分の額に唇を落としてくれた。優しいそれに心も身体も緩まる。
「んじゃ、行くからな」
 そう言い蓮汰はよく濡れた己の入口に、自身の熱を宛てがってくる。
 もうすぐ、蓮汰と一つになるのだ。
 同級生がよく話している、初めてを失う痛さというのはどれくらいのものなのだろうか。まるで想像がつかなかった。そしてそれを越えた先は、どれほど気持ち良いのだろう。
 考えていると、内側からこじ開けられるような圧迫感と、指でされた時以上の快感が下半身から込み上げてくる。
「ぅんっ」
 蓮汰の熱が進むにつれ、今まで感じたことのない痛みが背筋を走った。針が刺さったような鋭い痛みとも違う、なんともつかない痛みに目をきつくつむり蓮汰にしがみつく。
「雪菜……っ」
 心なしか雪菜の体を受け止める蓮汰の声もさきほどとは違って聞こえる。苦しそうな、切羽詰まった声だ。蓮汰にこのような声を上げさせたくないのは自分も同じだ。では、どうすればいいのだろう。
 考えている間も身を割くような痛みは、強まりも弱まりもしなかった。このままの状況が続けば涙がこぼれ落ちそうだ。
 その時、恋人を受け入れるときは力を入れてはいけないのだと、先日クラスメイトに言われたことを思い出す。どれほど痛みに効くか分からないが、試してみるしかない。
「んん……っ」
 無意識の内に背中が反り返っていた。極力力を入れないように努めると、さきほどまでとは比べものにならないほど痛さが和らいだ。
「……サンキュ、雪菜」
 しばらくしてから蓮汰の声が降ってきた。優しい、けれどいつもとは違う掠れた声。その声を耳にしただけで、胸の奥が締め付けられる。
「……っ!!」
 蓮汰の声に耳を傾けていると、次の瞬間、ぐんと圧迫感が増すのが分かり、雪菜は声にならない声を上げていた。
 痛い。
 頭の中がそれしか考えられなくなったが、その分蓮汰と密着する面積が増えた気がする。今は外からだけではなく中からも蓮汰のことを感じられるのだ。
 嬉しさと痛みが頭の中を支配し、なにも考えられなくなったころ、蓮汰の深い溜息が耳に届いた。
 一息ついている蓮汰の声を聞き、彼の熱を全て受け入れたことを理解した。どうやら、最愛の人と一つになることが出来たらしい。
「ぁ……」
 それを自覚した時、唇から高い声が零れ落ちた。
 痛みが吹き飛ぶほど嬉しかった。トク、トク、と早鐘を打っている蓮汰の鼓動が伝わってくるのもまた嬉しい。
「……雪菜、大丈夫か?」
 鼓動を感じていると、蓮汰の声が鼓膜を擽ってくる。その声を聞いているだけで胸が締め付けられる。
 問いには答えず頷いて返す。本当はまだ違和感が残っているが、言うほどのことでもない。
「じゃあ動くぞ? あっ、……変でも笑うなよ」
 腰を動かそうとしてはその動きを止める蓮汰に愛おしさを覚え頷く。そしてぞくりとするような快感が雪菜を襲った。
「あっ」
 声が漏れるのを我慢できなかった。それだけ強い刺激だったのだ。
「ん……っ!」
 蓮汰が動くたびに指先が撥ねるのが分かった。蓮汰の息遣いが、徐々に乱れていく。
「は……ぁ」
 身体が揺れる度に声を出していた雪菜の手に、熱を持った蓮汰の手が重ねられる。その感触を受け、やはり蓮汰は優しいのだと再認識する自分がいた。
「蓮ちゃぁ……、好きっ」
「オレも、オレも雪菜が、好きだっ」
 言葉を交わすと、蓮汰の動きが一層早くなるのが分かった。楔で身体の中を掻き回されている気がして、雪菜は大きくなっていく声を堪えるようにきつく目をつむる。家に誰もいないとは言え、どうしても気になってしまう。
「っ、雪菜……大丈夫か?」
 声を抑えていると、蓮汰が荒く乱れた呼吸の間に尋ねてくる。
「あっ、ぅ……ん!」
 語尾に力が入ってしまったがなんとか頷くと、安心したような蓮汰の吐息が耳を掠めた。
「よかった……、大丈夫じゃないって言われても、動かないでいる自信がなかったから」
「ぇっ……そ、それってどういう、ぁんっ」
 どういう意味だと問おうとしたが、喘ぎ声が邪魔をしてできなかった。
 蓮汰が勢いよく自分を突き上げてきたのだ。今まで以上に激しい動きは、強い快感を与えてくれた。
「はぁ……あ、蓮ちゃん、蓮ちゃん……っ!」
 視界が上下に揺れるほどの動きにきつく目をつむり、蓮汰の名前を繰り返し呼ぶ。名前を呼ぶと、重ねられた手が一層強く握られた。それはまるで大丈夫だと言ってくれているようにも思えた。
「あぁっ!」
 自分の体内にあるものが動く度快感の波が押し寄せてくるのが分かり、雪菜は思わずびくりと喉を反らす。
「……可愛い」
 蓮汰から呟きがこぼれ落ち、反らした喉に蓮汰の唇が落ちるのが分かった。少しざらついた独特の感覚に、それだけでクラクラしてしまう。
「んん……ぁっ!」
 喉から唇が離れると、蓮汰が自分に腰を打ち付けてくる動きが早くなっていく。室内に、肌と肌とがぶつかる音が響いた。その音の大きさに、限界が近付いているのだと知る。雪菜も、今まで経験したことのない階段を上っている気がして、少しだけ怖かった。縋り付くように手に力を込めると、すぐに手を握り返してくれた。
「雪菜、オレもう……っ!」
「蓮ちゃ、わたしっ!」
 部屋の中に自分と蓮汰の声が響いたのは同じ時だった。そして、今までで一番激しく体を突き上げられる。強く揺さぶられると、体がびくびくと痙攣し、目をつむりたくなってしまうほど強い快感に襲われた。
「っ」
 続いてすぐ、蓮汰のうめき声が頭上から聞こえてくる。
 そして今まで密着していた蓮汰の体が離れ、腹部に生暖かいなにかがかかるのが分かった。
「んっ……」
 それを感じながら雪菜は心地好い疲労を味わっていた。
「はぁ……」
 蓮汰も今は喋る余裕がないらしく、カーペットの上に座り荒く乱れた呼吸を繰り返していた。
「雪菜……だ、大丈夫だったか?」
 二人の呼吸が落ち着いた頃、それでもどこか疲れたような蓮汰の声が聞こえてきた。
「う、うん……蓮ちゃんこそ、大丈夫?」
 そろりと視線を持ち上げて聞き返す。どのような顔をしていいのか分からず、うまく蓮汰を見つめられなかった。行為に及んでいないというのに、頬に熱が集中するのが分かる。
 蓮汰のことをもっと知りたかったとは言え、少し大胆すぎたかもしれない。はしたないと思われてしまっただろうか。
 そのようなことを考えだすと、ますます蓮汰の顔が見れなくなってしまっていた。徐々に視線を落としていくと、ぽふとなにかが頭の上に乗っかるのが分かった。
「……っ?」
 驚いて顔を上げると、頭上に乗ったのは蓮汰の手だった。
「サンキュ、オレは大丈夫だ。雪菜、可愛かった。本当、愛してる」
 その手が雪菜を励ますように左右に動かされる。
 蓮汰にそう言われると、さきほどの気持ちが嘘のように晴れ渡っていく。躊躇いがちにではあるが、気付けば雪菜は笑顔を浮かべていた。
「有り難う、蓮ちゃん……わたし、いつも蓮ちゃんに励まされてばっかりでごめん……。だけどね、それがすっごく嬉しいんだ。蓮ちゃん、わたしも蓮ちゃんのこと……愛してるよ」
 今蓮汰に抱いている気持ちを一言一言噛み締めるように紡ぐ。その言葉を受けた蓮汰が照れ臭そうに、けれど嬉しそうに笑った。
 そして蓮汰の顔が近付いてくるのが分かった。雪菜もそれに合わせて目をつむる。
 一拍後、唇に柔らかな感触が触れ、雪菜は改めて感じていた。
 蓮汰の隣にこれからもいたい、と。