大切なものは

「ジューン!」

 名を呼びながら、エイプリルは最愛の人に軽やかに駆け寄った。シルクハットについたオレンジのリボンと服の裾がふわりと舞う。
 彼女を迎える為に軽く広げられた腕の中に勢いのまま飛び込んだ。

「ごめんね。遅くなって」
「大丈夫。俺も今来たばかりだから」
「うそ。だって体冷たいよ?」

 ぎゅっと抱きついて確かめて、エイプリルは上目遣いにジューンを睨んだ。その視線を受け止めて、ジューンは苦笑する。

「そういうところは鋭いんだな、エイプリルは」
「当たり前でしょ! あたしはジューンのことなら何でもわかるの。だって」

 そこで一旦言葉を切ると、背伸びをしてジューンの耳元に唇を寄せた。まるで秘め事のように囁いた言葉の続きに、ジューンの顔が綻ぶ。
 返事の代わりに額に優しく口付けて、ジューンは首を傾げた。

「ところで、肝心の用事って?」
「あ! いけない忘れてた!」

 ハッと目を見開いたエイプリルが、慌てて手にした袋をジューンに差し出した。

「はい、これ」
「プレゼント? 今日何かあったっけ?」
「バレンタインだよ」

 にっこりと笑うエイプリルに、ジューンも得心したように表情を和らげた。

「開けていい?」

 袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出してそう訊ねる。頷くのを待ってから、ブルーのリボンをほどいて箱を開ける。

「……あ」

 二人一緒に中を覗き込んで、揃って声を上げた。
 箱の中にあったは、元はケーキだっただろうもの。今は無惨にも潰れて原型を留めていない。

「……そういえば、あたしここに来る途中で振り回しちゃったかも」

 ジューンに会える嬉しさと、プレゼントを喜んでもらえるかという期待とほんのちょっぴり不安。待ち合わせ場所に向かう足取りは軽く、弾む心と一緒に手にした袋をくるりと回転させていたかもしれない。

「せっかくリープに教わって作った会心の出来だったのに……」

 ごめんね、と俯くエイプリルを前にして、ジューンは躊躇いもなくケーキに手を伸ばした。クリームを掬い取ってペロリと舐める。

「うん。美味しい」
「ジューン?」
「形なんて関係ない。エイプリルの気持ちが一番大事だ」

 そう言って軽く片目を瞑ってみせる。その姿にみるみる笑顔を取り戻したエイプリルは、勢いよくジューンに抱きついた。

「ジューン、大好き!」


END