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「要くん、あそこのベンチでこの子を見ててもらえますか? 私がお母さんを見付けてきます」
「はっ? どうやって……!」
「子供を捜している女性を捜すんです。きっと、この子のお母さんも不安に思っているでしょうから」
今度は眉尻を下げた状態で笑みを浮かべ、人混みの中へ消えていく。あっという間に見えなくなった後ろ姿に、要は再度ため息を吐いた。
「……じゃ、あっち行ってるか」
こくん、と頷く子供の手を引き、要は琥珀に指示されたベンチに座る。そして背もたれに寄り掛かりながら、天井を仰いだ。
せっかくのデートだというのに、何故、子守りをしなければならないのか。改めて、彼女のお人好しな性格にため息を吐きたくなる。
(まぁ……嫌いじゃねぇけどさ)
チラリ、と隣に座った男の子の様子を窺う。彼は母親を捜しているのか、人混みの中に視線を泳がせていた。そんな彼に、要はぶっきらぼうに声を掛ける。
「琥珀なら、すぐに母ちゃんを見付けて戻って来るさ」
「……ほんとに?」
「あぁ」
要が頷いた、ちょうどその時、人の間で銀髪が揺らいだ。琥珀だ。
そして彼女の後ろを付いて来るのは、見知らぬ女性。切羽詰まった顔をしているところを見ると、子供の母親だろう。
あらゆる方向から音という音が飛び交う中、女性の高い声が真っ直ぐに耳に届く。すると男の子は跳ねるようにベンチを降りると、一目散に駆け出した。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「いえ、そんな……! 当然のことをしただけですよ」
何度も頭を下げながら礼を言う母親と、胸の前で手を振る琥珀。そんな中にようやく追い付いた要と、男の子の視線がかち合う。すると男の子は、初めて笑顔を見せた。心の底から安堵したような、晴れやかな笑顔だ。
「お兄ちゃんの言ったこと、嘘じゃなかったね!」
「何を言ってたんですか?」
「お姉ちゃんが、すぐにお母さんを見付けてくれるって!」
「要くんがそんなことを……?」
「ばっ……お前なぁ、余計なこと言うなよ!」
「だって、ホントのことじゃん」
大人気なく喚く要に、しれっとする男の子。要に彼を止める暇は無かった。そんな二人を眺めながら苦笑を浮かべていた母親は、再度、琥珀と要に礼を告げると手を引いて去っていった。
琥珀はというと、軽く目を見開いたまま、その場に立ち尽くしていた。親子が帰って行ったのも気付かないまでに。そして、そのままの顔で要を見つめる。
「要くん……」
「なっ何だよ!」
知らなかった。彼がそんなことを思っていたなんて。だがそれは、信頼を寄せられているという、何よりの証拠でもある。
紅い、真ん丸い目に見つめられていると、感覚が麻痺してくる。時間も、平常心も。まるで、不安定な足場に立っているかのようだ。この沈黙も気まずい。
「……おい、何か言えよ!」
「あ、すみません! えぇと、では……ありがとうございます」
照れているのか、ほんのりと頬を染めてはにかむ琥珀。
そんな彼女に、要はただただ佇んでいた。急上昇する熱にうなされるように、言葉にならない声を発しながら。