新入りラバー



「いい加減吐く気になったか?」

イタリアでは有名なマフィア・アレインファミリーの主要施設の一つ。完全防音のそこに、ファミリー以外で足を踏み入れられるのは敵だけだ。一度入れば、口を割らずにはいられないと謳われるそこは、拷問用施設として完璧な設備が整っている。それは、それだけファミリーに敵が多いことをうかがわせた。

その施設の一室。
拷問施設には似つかわしくない革のソファに腰掛けるその男は燃えるような赤い髪を手でかきあげ、灰色の目を冷たく光らせた。

「ぐっ…なんの、ことだ」
「しらばっくれてんじゃねえよ」
拷問一日目とは思えない程の、床に拘束された男の様子に新入りの部下は息をのんだ。ベテランと言えるほどの年齢ではない赤髪の上司――イヴァノエ・バルディ。この施設内でも、ファミリー内でもルーキーとして有名だ。配属二年目にしてこのスペック。上層部もいい拾い物をしたと喜んでいると聞く。

新入りのディアはそんなイヴァノエを尊敬していたが、やはりこの拷問の最中を見るのは好きではない。新入りはすべての部署を回らなければならないので、仕方がないことだ。今月は拷問用施設に身を置くことになっている。
拷問を担当とするのだから、きっと恐ろしい人なんだろうと思っていたがイヴァノエは存外常識人で、頑固者。面倒見も良かった。と、いうより。新入りグループの中で、ディアに酷く優しい。

新入り時代の財布の軽さを心配し、夕飯を奢ってくれたりととてもいい上司だ。

ディアがそんなふうに物思いにふけっていると、内線が鳴った。イヴァノエが舌うちしながら手に持っていた煙草を拷問していた男の額に押し付け消し、室内には悲鳴が響く。
ディアは自分の額にも熱が伝わる気がして、顔を真っ青にしながら額を抑えた。
「あ?大丈夫かよオマエ」
「あ、は、はい…」
これくらいのことで、動揺していてはこの先思いやられる。それはここにいる間何度も経験した感情だ。

「はい、もしもーし…あ?メコかよ。なんだ?」
メコ、というのはイヴァノエと同期の男で、ファミリーの中でも有名だ。黒い髪に黒い目。真っ黒なパーカーをかぶったその男はファミリーの中で暗殺部隊のトップを務めている。しかし、イヴァノエと同じくルーキーとしてもてはやされることはなかった。何せメコはイヴァノエよりも年齢が相当上である。イヴァノエの同期として入ってきたのはアレインファミリーのボスにスカウトされたからだった。

「ん…あーそうか。わかった。おい、ディア」
「は、はい!」
「行くぞ。…サン、そこの男静かにさせとけ」
「了解しました」
部屋に控えていたもう一人の男が、先程まで拷問していた男に近づいて行くのを怖々ディアが見つめていると、イヴァノエの手がその眼を覆い、ぐいと自分の方へと引き寄せた。
「行くぞっつってんだろ」
「ふぁい…」

指の間から僅かにもれる光のお陰で真っ暗ではないが、遮られた視界にディアは体をこわばらさえる。
「今からメコに会う。…お前も来い」
その言葉に顔を青くしてしまったディアに、イヴァノエは軽く笑ってから手を離し歩き出す。
「冗談だ、嫌ならこなくていい」
「い、いえ…いきます…」
拷問室の頑丈な扉が、ゆっくりとしまっていく。ディアの目にはもう、あの男は映らなかった。


「お久しぶりですね、イヴァノエ」
黒ぶちの眼鏡。
黒い髪。
黒い目。
黒いパーカー。
黒いスボン。

真っ黒な身なりの男は、どこか上品な雰囲気があった。しかし、暗殺業を主とする男の風貌は、パーカー下のカッター上にたれる十字架のネックレスが酷く浮いて見えた。
メコ・アリスティン。
暗殺部隊のトップであり、アレインファミリー序列第4位。ボスの側近以外では一番偉い立場ということだ。二年前までは外の人間であったにもかかわらずこのような地位についているのはこの男の性が問題していた。
性というよりは、性能か。

どんな戦場にくりだしたとしても、ターゲットを確実に、無傷で、返り血すら浴びずに帰ってくる。そんなメコはマフィア界でも有名だ。

「おー、なんか用かよ」
応接室の、拷問室のものより上等なソファに腰掛けたイヴァノエは、胸ポケットから煙草を取り出し、メコの顔を見た。
「…煙草ダメか」
「ダメですね。嫌いです」
「チッ…ディア」
「は、はいっ!」
「悪いがお茶入れてくれ、俺とこいつに。俺、メロンソーダ」
それはもうお茶じゃなくないか、と思いながらディアははい、と返事をした。
「お前は」
「では、私は珈琲ブラックでお願いします」
珈琲までブラックで統一かよ、とイヴァノエからからかいの声がかかるがメコは一切気にした様子がなかった。

「ところで本題なんですがね」



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