1 エスタ・エストレーヤ



 最近、町に殺人鬼が出るらしい。そんな話を、仕事中耳にした。何もしていない人を殺すだなんて、ああ、恐ろしいことか。震えあがりながら夜の街を歩いた。目的の商館に到着すると、じっと目的の人物が出てくるのを待つ。寒いから早く帰りたいというのに、なかなか女は出てこなかった。

 辛抱強く待っていると、着飾った女が扉から姿を現す。やれやれ、やっとか――そうつぶやき、気づかれないように、そっと背後から後をつけた。

「ヘレン・コートナー?」
「えっ?」

 人通りが少ない場所で名前を呼ぶと、女、ヘレン・コートナーは振り向いた。瞬間、手で口を覆い、持っていたナイフで首を掻き切った。女の目がこれでもかというほど見開かれるが、もはや悲鳴を上げることすらできない。

「…神を冒涜した愚か者が」

 俺の神を困らせた女は、あっけなく死ぬと草むらに転がった。長い髪についていた、血に濡れた髪飾りをとり、口付ける。

「ああ、我らが主…今日も貴方への供物をお送りします」




 星とかみさま




「エスタ、おはよう」
「…おはようございます、大臣殿」

 エスタ・エストレーヤは王を守る騎士だ。基本的には四六時中、王の傍で警護に当たる。自由な時間ができるのは、夜勤の騎士が現れた時だけだった。本当なら、24時間王をお守りしたいと常々思ってはいるものの、王がそれを許さない。

「聞いたかね、また被害者が出たらしい。今度は町一番の商館の娘だ。…王の側室にと言われていたのだが」
「なんと…それは存じませんでした」
「なんでもその殺人鬼はそうとう手練れらしい。警備の者も手を焼いておる」

 町で起こったことはエスタの管轄外だった。エスタ・エストレーヤはまだ小さい頃、王に拾われ、それ以来恩人である王に忠誠を誓い、専属の騎士をめざし精進を続けていた。まるで神のように王を崇め、自らを捧げている。

 現在、努力が実り騎士として任を果たしている。それは、エスタにとって誇りだった。

「…大臣殿、私は王のもとへ行かねばなりません」
「おお、そうじゃったな。いやぁ、しかし殺人鬼ももうすぐいなくなるもしれんな」
「そうなのですか?身元が割れたと?」
「いやいや、『星の子』が見つかったのじゃよ」
「…星の子?」
「なんじゃ、知らぬのかね」

 大臣が語った星の子とは、この世界を守る神が遣わした使いなのだという。星の子は魔族を退け、大地に恵みをもたらす。まさに神の使い、この世の希望――。

「まぁ、この国に魔族が来たことは無いがね…なんと幸運なことか」
「…『星の子』が見つかったということは目印か何かがあるのでしょうか」
「さてね。なんでも黄金色の髪を持ち、たいそうな美少年だと聞く。王の寵愛を今後一身に受けていくことは間違いないだろう」
「……そうですか」

 エスタは星の子伝説に感銘を受けた。しかし、ひとつ引っかかる部分がある。

「しかし、神とは……なんですか?」
「ん?どういうことだい」
「私の神は王なので、皆さんの言う神がどういうものなにか分からないのです。私の唯一は王で、皆さんの言う神ではないので」
「あ、ああ…そうかい、君は王のことをそんなに思っているのだね」
「当然です」

 エスタの住む村は過去、族により焼き滅ぼされた。そこから救い出した王を、唯一の神として慕っている。

「王のためならば、私はなんだっていたします」

 その言葉は、広い王宮の廊下に低く響いた。あたりの侍女たちが、鎧姿のエスタをうっとりと見つめている。それに気づいたエスタは、内心、彼女たちを疎ましく感じていた。

 自分の素顔を見れば、どうせすぐに逃げ出す女たちだ。自分を受け入れてくれるのは、王のみ。

 ――ああ、我が唯一の神よ。

「それでは、私はこれで。大臣殿、興味深きお話ありがとうございました」


 



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