二次創作 | ナノ


  人妻ジャーファルと学生シンドバッド(シンジャ女体化)



「今日は遅くなる」
そう言って出ていった旦那を送りだしたジャーファルは、今日も、の間違いだな、と夫の間違いを内心笑い、キッチンに戻った。
22歳、働き始めたばかりの頃、親の持ってきた見合い話にのって結婚し早三年。
夫は43歳で、バツイチ。以前愛していた妻を亡くした彼は、子供のためにもと、早急な再婚を望んでいた。
そこで白羽の矢がたったのがジャーファルだった。

両親は、ジャーファルを嫁に出すことで、その男性からの金銭的な援助を望んだそうだ。実家の家業が傾いていたため、ジャーファルに選択の余地はなかった。
家事がよくでき、金銭感覚もまともで、つつましくしとやかで良くできた嫁だと、男性の実家では言われたけれど、ジャーファルは嬉しくもなんともなかった。

ジャーファルには、生まれた時から想い慕う人がいたからだ。

「…おはようございます」
「おはよう、マスルール。朝ごはんできてるよ」
「…っス」
彼の連れ子であるマスルールは、もう今年で13歳になる。中学の入学式には、『夫婦』そろって出席した。
ジャーファルは、来なくてもいい、とマスルールから言われたけれど、どうしても行きたいからと彼と二人で赴いた。勿論、完璧に夫婦としてふるまっていた。

朝食を食べだして、暫くしてから、マスルールが呟いた。
「…ジャーファルさん」
「なに?」
「昨日、シンさんぽい人を見ました」

マスルールの挙げた名前に、一瞬固まるが、すぐに苦笑いした。
「どうしたの、いきなり」
「…」
「ほら、早く食べないとシャルルカンが迎えに来るよ」
「…はい」

マスルールの言った『シンさん』ことシンドバッドこそが――ジャーファルが前世より愛し続けている男性の名前だ。
前世の自分、などと語りだす人間は、普通「あいたたた」と言われても仕方がないと思うのだが、事実、ジャーファルは前世の記憶があるし、マスルールも同様だ。

シンドリア王国の政務官であり、八人将であった自分を、生まれた時からはっきり覚えていた。

「結婚のときはびっくりしたよ。君が、マスルールで」
「…俺もびっくりしました」
「だろうね。私が君のお母さんなんて」
言いつつ、マスルールの髪を撫でた。

マスルールは、前世で奴隷であった時期があり、恐らく両親の記憶もほとんどなかったはずだが、今は違う。
男性と死別した元妻に、愛され育ってきたはずだ。
それを考えると、死んだ母親のかわりに自分がきたことを、複雑に思っているだろうな、と思う。

ジャーファルは実家で、家業のために馬車馬のように働かされていたから、あまり両親に愛情はない。むしろ――。

「ごちそうさまでした」
「うん、残さず食べられたね。今日は部活だったかな?家の鍵はある?」
「あります」
「私、パートだから、7時まで帰らないよ。…”お父さん”は遅くなるって」
「…わかりました」

マスルールが家を出ると、ジャーファルは掃除、洗濯を済ませ、昼食をとり、パートに向かった。
夫の収入は多い方だが、家にいても何もすることが無い上に、前世のことを色々と考えてしまうのだ。働いていた方が楽、というのは以前から変わっていない。

「いらっしゃいませ」
パート先は近所のスーパーで、大学キャンパスに近いせいか、一人暮らしや寮暮らしの自炊する大学生がよく訪れる。
「ねえ、君いくつ?ジャーファルちゃんって言うんだ?」
「……2450円になります」
そして何故だか、ジャーファルはナンパされやすい。
もう25歳になるのに、童顔なせいかよく若い男性に声をかけられる。

「(こんなそばかすだらけの女の何がいいんだか…)」
内心そう思いつつ、笑顔で清算を済ませた。過度なナンパには、結婚してます、子供います、と追い払う事もあるが、普通のナンパは軽くスルーするだけでいい。
「(それにしても、名札をつけるのはいい加減、個人情報的にどうなんですかね…)」

そんなことを考えながら、ため息をついていると――。

「え…」
ジャーファルのいるレジから見える商品棚の前にいた男性に、心臓が跳ねる。太い眉に、整い過ぎたその顔立ち、大きなピアス――紺の長髪。

「シン…」

思わず呟いた。
涙がこぼれそうにすらなるが、おさえて仕事を続けた。何十年ぶりに見るシンドバッドの姿は、以前よりは若いものの、変わっていない。
恐らく20歳前後だろう。

「ねぇ」
「え、はい?」
「電話番号教えてよ」
「…」
先ほど声を掛けられたばかりなのに、また別の男に声をかけられうんざりする。過度に無視すると、客に向かってなんだ!と騒ぎ出すため、いつものように適当に流す。
「310円になります」
「ねえ、聞いてる?」
「…申し訳ありませんが、仕事中ですので」
「じゃあ仕事終わったら連絡くれる?」
「…」

パートの既婚女をナンパするのに必死な、大学生に見えるその男性にうんざりしつつ、笑顔で男が渡してきた連絡先の紙を受け取った。
ふと、先ほどシンドバッドがいた方を見やると、そこにはもういなかった――いや、最初からいなかったのかもしれない、とジャーファルは思った。

あまりにシンドバッドを恋慕するものだから、自分の弱い心が見せた幻覚だったのかもしれない。
其れほどまでに、ジャーファルの想いは強い。

「(馬鹿か、私は)」


ずっと想い続けても無駄なのに。
自分にはもう、夫がいて、血が繋がっていないとはいえ子供もいる(かつての仲間だが)。それを裏切ってシンドバッドに心酔することなど出来ないし、そもそも、こちらのシンドバッドが自分を思ってくれているかも、分からない。

前世で結ばれた期間は、あまりに短く、苦いもので。
女になったとはいえ、相変わらずな容姿の自分を愛してくれるかなんてわからない。そもそも――前世でシンドバッドは何故、自分を選んだのだろう。それすらも疑問だ。
シンドリアにも、国外にも、関係を持った女性は大勢いただろうに。


*


パートが終わり、関係者出入り口から出たジャーファルは、早足で帰宅しようとした(何せ大食いの息子がいるし、作り置きだけで満腹になってくれるかわからない)。
それを誰かの身体が遮る。
「っ?あ…」
先ほど、レジで連絡先を渡してきた男だった。

男はそこそこ整った容姿で、それだけに自分に随分自身があるようだ。
「連絡待てなくてさぁ。ジャーファルちゃん♪」
「…」
ぞわりと鳥肌がたった。
今すぐ蹴り倒してやりたいところだが、店に迷惑はかけられない。穏便に済まさなければ。

「申し訳ありませんが、私既婚ですので」
「えーそれは無理があるでしょ。結婚指輪もないし。まだ10代じゃないの?」
「……」
あくまでにこやかな笑みを浮かべたままのジャーファルだが、内心は「ああ面倒くさい。鬱陶しい。キモい」と罵詈雑言のオンパレードである。
この男、どうしてくれようか――そう思いつつ、男の腕を捻りあげるため手を伸ばしたところで、どこからか声が聞こえた。

「おい、何をしているんだ」
「…え」

聞き慣れた――いや、聞き慣れていた声だった。
低いその美声に、ぞわりと背中が逆立った。まさか――まさか。

「シンドバッド…」
「やぁ。何をしているんだこんなところで」
「いや、この子と話してただけで…」

ナンパしていた男に、にこやかに話しかけたのは、自分の想い人そのもので。ぼうっと見つめたままでいると、肩をぽんと叩かれた。触れられた場所が、じわじわと熱をもっていく。
「あ…」
「こいつの恋人ですか?」
「…ッ」
敬語を使われ、驚くとともに悲しくなった。ああ、シンドバッドは、自分のことを覚えていないのだ。
ぎゅっと服の裾を握り、必死に笑顔を作った。

「いいえ。失礼します」
そのまま、悲しみを表情に出してしまう前にその場を去ろうとしたのだが、シンドバッドに腕を掴まれてしまう。
「サークルの後輩が失礼をしまいした。申し訳ない」
「…気にして、ませんから」
出来るだけ顔を見ないよう努めた。視線を合わせたら――泣いてしまいそうな気がした。懐かしさと、嬉しさと、悲しさで。

「お詫びに家まで送らせてください。もう遅いですから」
「そんな、本当に、構いませんから」
「しかし――」

シンドバッドの手を振り切り、全力で走った。ヒールのある靴なんて、しゃれっ気のない主婦ジャーファルは、とんでもないスピードで住宅街を駆け抜け、帰路についたのだった。
――シンドバッドには、記憶が無い。
それなら、もう会う事はないだろう。

そう考えると、悲しいのか嬉しいのかよくわからない感情に呑まれ、涙がこぼれた。

「ジャーファルさん、どうしたんスか」
「…っ、ごめん。ただいま」

玄関で座り込んでいると、帰っていたマスルールがコップ片手にやってきた。

「なんでもないよ。…なんでも」

忘れてしまおう。
それが自分のためであり――シンのためだ。

そう決意したジャーファルは知らなかった。
シンドバッドが、明日からパート先に通い詰め――自分を口説きにくることなんて。




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