珍しく共学もののノンケ←チャラ男を書こうとしたけど挫折したもの



 息が上がる。身体が熱い。
 もう、何も考えられない。
「はぁっ……はぁっ」
 何度も何度も息をして、喉から出そうになる声を引っ込める。
 震える足を必死で動かした。
 すべては、あの人のために――。
「ゴラァ!山吹!ちんたら走ってんじゃねぇぞコラァ!」
「すんませんっ!」
 垂山高校野球部は県内では有名だった。県大会ではベスト8の常連校で、甲子園の出場経験も豊富。野球部を目当てに入学する生徒も多い。
 そんな野球部恒例、朝のランニング5キロにいどむ新入部員達。
 坊主頭や短い髪が動く中に目立つ茶髪に、部長が激を飛ばす。
「肺が…いたい…」
 吸いこむ空気が冷たいせいで肺が痛む。
「山吹ぃ!てめぇ退部させんぞ!」
「走ってるじゃないですかぁ!」
「遅ぇんだよ!さっさと走れや!前の奴と間開いてんだろうが!」
 部長に背後から激を飛ばされながらなんとか走りきった山吹は地面に身体を投げ出した。
「てめぇ座ってんじゃねぇよ!」
「はぁっ…むり、たてな…」
「さっさと立て!朝練これからだぞ!」
 頭を叩かれ、顔を上げると目の前にペットボトルが差し出される。スポーツドリンクを受け取った山吹はぼけっと部長を見上げた。
「部長…!」
「俺からじゃねぇぞ、それ」
「えっ」
 感激していた山吹に、部長が冷たく事実を告げる。
「あいつらから」
 部長の指差す先には、派手な格好の女子たちが。皆、校則違反の派手な化粧をして武装している。
「お前のファンだとよ。よかったな、間抜けな姿見てもらえて」
「…どうでもいいです」
 気分が急降下した山吹はスポーツドリンクをがぶ飲みして立ちあがった。膝が笑って立ちあがるのがやっとだ。
「部長、俺絶対やめませんから」
「…勝手にしろよ。けど、その頭なんとかしねぇと退部にする」
「それはちょっと」
「……」
 山吹の明るい茶髪を部長が睨む。それに気付かないふりをして、山吹は道具の準備をしている二年生たちを見詰めた。
 本来なら一年生がすべきなのだが、ほとんどの一年生は山吹と同じくまともに動けない状態だ。
「お前、本当に野球やる気あんのか?」
 部長、小泉の声を聞きながら山吹は軽く頷いた。

 筋肉痛で痛む身体で教室に向かうと、できたばかりの友人が山吹を指さし笑い始めた。
「よう、ランニングは楽しかったか?」
「嫌みかよ」
「いや。そろそろ根を上げてやめるんじゃねぇかって話してたんだよ」
「お前らそれでも友達かよ」
 山吹は悔しそうな顔で席についた。きっと友人らは自分が野球部に入った理由を適当に想像して楽しんでいるのだろう。
 まぁ無理も無い。自分の容姿は、野球をするのには似つかわしくない。それは自分もわかっている。
「なぁ、なんで野球部なんか入ったんだよ」
「…なんでって」
 友人の言葉に山吹は眉根を寄せる。女子が近寄り、山吹の腕をとった。
「そうよぉ、お陰で全然遊べないしぃ」
 別に俺はお前なんかと遊びたくない、と喉まで出かかった言葉をひっこめて、苦笑いする。
「俺、野球部に入ったの結構本気なんだ。だから、あれこれ言わないでくれねぇ?」
「えー…野球って柄じゃないじゃん」
 俺のこと何も知らない癖に何言ってんだこのブス。
 そうは思うが流石に口には出せない。
「ほっといて」
 それだけ言うと、山吹は自分の席についた。

 山吹が野球部に入部した際、教師から先輩から軒並み驚いたという。
 無理も無い話だ。本人はどう思っているかは知らないが、チャラついた遊び人で彼女が何人もいると言う噂がある。
 過去に女を妊娠させたとか、無理やり襲ったなんて根も葉もない嘘まで蔓延していた。
 しかし、実を言えば山吹は童貞で彼女なんていたこともない。一方的に付きまとわれたことはあっても、好きになった人間に対し一途で他になびいたりしない。
 山吹の場合――その好きな人、というのが野球部にいた。
 幼稚園の時から想い続けてきたのだ。もう、その思いは破裂寸前だった。
「山吹ぃ!たらたらしてんじゃねぇぞ!」
「すみませんすみませんっ!」
 部長のしごきに耐え続けて数週間。ようやく2、3年生にも本気で入部したのだと認められてきた頃。
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