愛を知る



愛というものはわからない。
自分にとってそんなものは今まで必要がなかったから。
愛なんてなくたって生きてこれた。幸せではないにせよ、俺は今を生きている。
それだけでいい。

そう思っていた俺に転機が訪れた。
大学の講義中、隣の席に誰がが腰を下ろしたのだ。
いつも誰も隣に座ったりはしない。
少しばかり驚いた俺は隣の男の顔を凝視していた。

柔らかそうな栗色の髪、ほどよく焼けた肌。顔立ちはいたって普通の青年だった。
それなのに、目を逸らせず、じっと見つめてしまう。

(なんだ?)

何故だか、俺はその青年に惹きつけられた。
どうしてなのか、自分にもわからない。ただ見ているだけで、心臓の鼓動が五月蠅い。
講義の内容なんて耳に入ってこなかった。俺は横顔をただひたすら見つめていた。

目が離せない。



その日から毎日、俺はその男を目で追った。同じ大学に通っているとはいえ、広いキャンパス内で出逢うことは少なかった。だから、俺は自分から男を追った。
図書館に、食堂に、教室にも俺は足を運び、男を見つめ続けた。
友人らしき男や女と話している光景を見ると、頭の中が真っ赤になった。今すぐに首を締めあげてやりたいと思った。

何故そんな感情が湧いてくるのか不思議だった。
しかし、俺が観察を続けているうちに男は一人でいることが多くなった。俺の願いが通じたのだろうか。

そんな日々が続いたある日、俺は男が男子更衣室でしゃがみこんでいるところに遭遇した。


「……何をしている?」

その言葉を、男にぶつけることさえ容易ではなかった。
緊張、したのだと。俺は気づいた。

「なんで?」

男の声は何度も聞いていたが、その声が自分に向かっていると思うとぞくぞくした。

「何がだ」
「俺が更衣室にいたらおかいしのかなって」

微かな笑みに、心臓が跳ねる。この男は、俺にどれだけの影響を与えるのだろう。
表情も、仕草も、言葉も、声も、何気ないものすべてが俺を虜にしている。
目を離せないだけじゃない――確かに、俺の心は動かされていた。どうしたらいいのかわからない。

だけどこの男を自分のものにしたい。


「ねぇ、最上だっけ」
「…ああ」

先程微かな笑みを浮かべていたその口から紡ぎだされたのは、俺の苗字で。
名を呼ばれて、体が熱くなる。血が沸き立つ。

「最近、俺のこと見てるって本当?」
「……」
「いやぁ、自意識過剰かなって思ったんだけど。みんなから言われてさぁ…お前に目をつけられてる俺とは、仲良くできないって」

どういう意味か、よくわからなかった。確かに俺は。この男を見つめ、この男の事を考えている。最近では、四六時中。
しかしそれがどうしたというのだ。

「…やっぱ違うよなぁ。そうだよなぁ…皆、なに考えてんだろう」

頭をかかえるそいつに、俺はどうしたらいいのか分からなくなった。
しかし、俺の喜びは広がるばかりだ。心の中が目の前の男への思いでいっぱいになる。

これは――。

「…こい」
「え?」
「……」
「何?」
「…」
「えっと、最上…」
「お前、名前は」

名前。そうだ。俺はこいつの名前を知らない。だけど、知りたい。どうしても知りたい。名前だけじゃない、何もかもが、こいつの何もかもが知りたい。

「道田、宙」
「みちだそら」
「うん…そうだけど。俺の名前、知らなかったんだ。まぁ、普通そうだよなぁ。お前みたいな凄い奴に名前なんて」
「…凄い?俺がか」
「え、うん、そうだけど?」

宙、に褒められただけ。
それだけで俺は動揺していた。何もかもが心臓に悪い。今まで、こんなふうに緊張したり、動じたりすることなどなかったというのに。

すべて、宙のせいだ。
宙が俺のすべてを惹きつける。

「…」
「えっと、最上ってあの最上財閥の跡取りなんだろ?大学でトップの成績だし、それにイケメンだし…羨ましい」
「……褒めるな」
「えっ、もしかして照れてる?」

宙が愉しそうに笑う。
そんな顔――俺に向けるな。我慢できなくなってしまう。
もう、駄目だ。俺はこの感情に、名前を与えざるを得ない。これは――愛情だ。

今まで実の親にさえ感じた事がない、愛。
それを、今日始めて話したような男に抱いている。今の俺はどうかしている――だが、それでも。

「見ていた」
「…え?」
「確かに…俺はお前を見ていた」
「……なん、で」

手を伸ばす。
宙の頬に触れた瞬間、全身がざわついた。不安げに俺を見上げる宙が可愛らしくて――何も考えられなくなりそうだ。

「……も、がみ?」
「お前が誰かと一緒にいるのは、許せない。だから睨んでいたのだと思う」
「え…?最上、なんで…俺のこと、嫌いなわけ?」

そんなはずがない。
俺はお前の事が気になって仕方がない。何故だかわからないが、これ以上ないほど――俺はお前に執着している。

愛してやりたい。
愛したい。
この手にだきしめてどこにも行かないように、閉じ込めてしまいたい。

――そうだ。俺にはそれができるじゃないか。

「…」
「最上…?」
「悪い、冗談だ」

俺はその時、人前で初めて笑った、ような気がした。
宙が安心したように息を吐き、俺に笑顔を向ける。俺はますます、頬が緩むのを感じた。



・・・・・

あとがき
ヤンデレ…?みたいなもの。
息抜きに書いてみました。いつか受け視点書きたいな。
(25/38)


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