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 相楽さんに名刺を渡されて一週間がたった。相変わらず、連絡はしていない。
 コンビニの件以来、相楽さんをコンビニで見かけることは多くなっていた。毎度肉まんを買って帰る相楽さんは、レジの度に俺に、連絡しろ、と半ば睨みつけながら言ってくる。
 ちょっと怖くて連絡できません。
つまりは俺の度胸の無さから、連絡できず一週間がたち、そして今、再び婚活パーティーのバイトの真っ最中なのだが。
「…」
「あ、あはは…お久しぶりです」
 一週間前と、会場も参加する人も違う筈なのに、何故だか相楽さんが俺の目の前に立っている。
相楽さんは大層機嫌が悪いらしく、眉間にしわを寄せながら俺を見下ろしていた。
 コンビニのバイト中は、仕事中という理由をつけて話しこまずに済んだが、今回はそうはいかない。むしろコミュニケーションをとることが仕事だ。
「…連絡、なんでしなかった」
「え…と、なんで連絡して欲しいんですかね?」
 焦った俺は本音を口走っていた。
 他の婚活パーティーの参加者たちがきゃっきゃと雑談を続ける中、俺と相楽さんは立ったまま対峙していた。明らかに浮いている。周囲からの視線が痛い。
「嫌か」
「えっ?」
「俺と…、連絡を交換するのはそんなに嫌なのか」
「…いえ、嫌じゃないですけど」
 嫌ではない。だが、今迄こんな事が無かっただけに戸惑ってはいた。相楽さんはどんな意図があって、俺に名刺を渡してくれたのか、最近はそのことばかり考えていた。
「なら、今ここで連絡先をよこせ」
 長身の美形に真顔で詰め寄られると結構な迫力があった。俺は黙ってこくりと頷き、赤外線でアドレスと番号を送った。
 相楽さんは連絡先がしっかり送られていることを確認した後、何を思ったか俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫で始める。何故、と戸惑って顔を上げると、あまりの光景に心臓が大きく跳ねた。
今迄、にこりともしなかった相楽さんが、優しげに微笑んでいた。
「きゃーーーっ!」
 婚活パーティーには清楚でおとなしめにキメてきている女性陣が思わず叫んでしまうほどに、相楽さんの笑顔は綺麗で――甘かった。
まるでこの世で一番大切なものを、愛でている最中かのような笑み。
 俺は暫く呆然としていた。いや、相楽さんの笑みに見惚れていた。そんな相楽さんと言えば、心臓に悪い笑みを浮かべたまま、俺の頭を撫でくり回している。
 わからない、この人の事が本当に分からない。
「さ、相楽さん?」
「なんだ?」
 にこっ、と良い笑顔で返してくる相楽さんに、今度こそ俺は固まった。俺も顔は良いほうらしいが、相楽さんは別格だ。
「頭…その、撫でるのやめてください、恥ずかしいです…」
「…」
 俺の必死の申し出に、相楽さんは無言で大きな手を俺の頭から離した。しかし、いまだに素敵な笑顔を浮かべている。
「相楽さんって〜笑うとかわいいんですねぇ〜」
「本当―!優しい印象になったぁ〜」
 俺が固まったままでいると、女性陣が相楽さんの周りを囲み始めた。その目は獲物を狙う肉食獣のそれだ。恐ろしい女性陣が相楽さんに群がっている隙に俺は食べ物が並んでいるテーブル近くに避難し、落ち着くためにオレンジジュースを一気飲みした。
「櫻井さん」
「あ…どうも」
 俺が深呼吸で気を落ち着かせていると、参加者の男性に話しかけられた。頭がやや禿げあがっているのに目がいったが、失礼なので意識しないよう努めた。
「凄いですね、相楽さん。櫻井さんは相楽さんとお知り合いなんですか?」
「あー…、その、職場によくいらっしゃるんです…それだけです、が」
 なんでそれだけで、連絡先交換を強要され頭を撫でられるんでしょうかね。
 そう疑問に思うものの、相楽さんが答える素振りが無い以上、俺が気にしても無駄だ。相楽さんに会って話をする度にそう思う。
「…相楽さんって、ちょっと変わってますよね」
 俺がポロっと本音を漏らした瞬間、ポケットに入れていた携帯が震えた。
「すみません」
「いえいえ、どうぞ」
 男性に断りを入れ、隅に言って電話をとると、先ほど聞いたばかりの低い声が聞こえた。
「相楽だ」
「…えっ、はい?」
 なんで同じ会場にいるのに、電話をかけてくるんですか。
 そんな疑問が脳内を駆け巡り、少しばかりぼうっとしてしまっていると、右腕を誰かに掴まれた。
「…何、してるんですか」
 振り向けば相楽さんが仏頂面で立っていて、俺はわけのわからなさに混乱した。その背後にはいまだ相楽さんを狙う女性参加者たちが目を光らせて待機している。
「この後、時間はあるか」
 電話と声が重なる。俺は電話を切って、携帯電話をポケットにしまった。相楽さんは、不安そうな表情で俺を見下ろしている。
 この人の色々な表情を見るたびに、何故か心臓がきゅっとなってしまう。
「…あります、けど」
「ロビーで、待っていてくれ」
 簡潔に、それだけ言い残した相楽さんは、軽食コーナーにあったワッフルを大量に更に載せると、椅子に座り食べ始めた。
 相変わらず訳のわからない人だが、なんだかかわいいな、とも思ってしまった。
 ――30過ぎた男が可愛いとか、俺、どうした。
「相楽さんかわいい〜ワッフル好きなんですかぁ〜?」
 自分と葛藤していると、甘ったるく作られた声が耳に入り、声がした方を見れば女性陣の中でもずば抜けて綺麗な人が、相楽さんに話しかけている。
しかし、相楽さんはワッフルをひたすら食べ続け、女性を見ようとすらしない。
「ああ…溝口さん、相楽さん狙いなんだ」
 先ほどまで話していた男性が残念そうに呟いた。
「溝口さん?」
「あ、はい。溝口京子さんですよ、看護師さんらしいです」
 どうやら男性は溝口さんが気になっていたらしいが、ライバルが相楽さんでは敵いそうにないと項垂れている。ふわふわの巻き髪に品の良いワンピース、はっちりとした二重の目――確かに溝口さんは美人だ。それに若い、まだ20代前半だろう。
「看護師さんならお医者さんの相楽さんと話が合うかもしれないですね」
「えっ、相楽さんって医者!?」
 男性が驚いたように声を上げた。思いのほか大きかったので、会場にいた全員がその言葉を聞いたようだった。心なしか、女性陣の目の色が変わったように思う。
俺はそれに些か怯えながら、相楽さんをちらりと見た。相変わらず溝口さんに話しかけられているが、無視だ。
 他の女性参加者も相楽さんに近づきたいのだろうが、溝口さんと相楽さんがお似合いすぎて間に入る勇気はないようで、遠巻きに見ている。
「相楽さん〜、あの、すみません…。私、一人で喋ってて、鬱陶しかったですか?」
「ああ」
 溝口さんが不安そうに放った言葉に、ようやく返事をした相楽さん。暗に鬱陶しい、と言われた溝口さんは、それでもめげずに会話しようとしている。
しかし、そうこうしているうちに終了時間になってしまった。
「皆さん、そろそろ終了です。今のうちに、連絡先の交換をどうぞ」
 司会の言葉に促され、連絡先の交換を切り出す参加者たち。
「相楽さん、よかったら連絡先教えてください」
 甘ったるい声で相楽さんに連絡先を強請る溝口さんに、何故かぞわっとした。
相楽さんは再び無視を決め込んでいる。
「櫻井さん!れ、連絡先を教えてくださいっ」
「え、ああ、はあ」
 背筋が寒くなり、固まっていると女性参加者の一人に連絡先をせがまれた。一応、どうしても断れなかった時のためにサブメールアドレスは取得してあるが、こちらから連絡することは殆どない。
罪悪感を感じながら、女性に連絡先を教える。私も私も、と寄ってきた女性陣にも教え、なんだが長く感じた婚活パーティーは幕を閉じた。
しかし俺からしたら、これからが本番だった。

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