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フリーター歴5年。高校を卒業してから、正社員目指してバイトを続けている俺。実家からは金だけはたかってくれるなよ、という圧力しかなく、俺に残された道と言えば、このままフリーターを続けていくことだけだ。
 そんな俺が新しく始めたのは、婚活パーティーのバイトだ。いわゆるサクラである。
 婚活パーティーに来るような人は、収入が多くてもルックスか性格に少々難ありが多いらしい。会員を増やすためにいるのが、このサクラのバイトだ。ホームページに婚活中の男性紹介ページがあり、そこに俺の顔と名前がのり、パーティーに参加する。ちなみに、重要視されている年収に関しては、俺の働くパーティー主催会社ではお互いが親密になってから相手に尋ねる形式をとっているらしい。つまり、フリーターの俺でも大丈夫。顔とスタイルだけは良い俺にはうってつけのバイトだ。
 そういうわけで、俺は今、普段は縁のない立派なスーツに身を包み(会社からの借り物)、婚活パーティーの会場にいる。昔からルックスと性格くらいしか褒められなかった俺はサクラとして中々の効果を発揮していた。
「はじめまして、櫻井直です。今日はよろしくおねがいします」
 一人ずつの自己紹介から始まり、パーティーが始まる。
今回、男性陣はイケメン一人、まぁまぁ二人、普通四人、それ以下二名で俺を入れて10人。女性陣は俺と同じサクラの子以外普通かそこそこ。年齢は男女ともに20代後半から30代が多い。
 全員の自己紹介が終わった後、軽い軽食や飲み物の並べてあるテーブルを囲い、談笑にはいった。
「櫻井さん、はじめまして〜」
「はじめまして、えっと…」
「上島ですっ」
 話しかけてきた20代の女性を適当にあしらう。
 俺はあくまでもサクラなので、女性と話はするが最終的にカップルになったりしない、というきまりだ。
フリーターの俺は結婚相手を探す気などさらさらないので言うまでもないが、たまに本気になってしまうサクラ役がいるらしい。
 女性に好印象を与えつつ、相手にも本気にさせないよう配慮するという高度なテクニックは研修で教わった。最初の研修はなかなか大変だったが、その甲斐あって時給は高い。もしかしたら天職かもしれない、と最近思い始めた。
「ふー…」
 しばらくして、ようやく一人になれたので、飲み物をとって適当な椅子に座った。今回はうまくいきそうな人が多いので、俺たちの仕事は少ない。いつもは、場の空気をよくするために男性陣と女性陣の会話を弾ませたりと大変だ。
「櫻井君、おつかれ」
「あ、山梨さん。お疲れって、まだ始まったばっかりですよ」
「あはは、そうね」
 話しかけてきた俺と同じサクラの山梨さんは、可愛い寄りの美人といった感じだ。もうかなりのベテランで、今サラリーマンの彼氏と同棲中らしい。
彼氏さんはこのバイトをどう思っているんだろう。
「じゃ、今日もお互いがんばろ」
「はい」
 山梨さんが俺から離れると、男性が群がった。流石山梨さん。
 ぼうっと見ていると、男性陣の中に今回の参加者唯一のイケメンがいた。
確か名前は相楽さん。身長が176センチある俺より10センチは高く、更に整った顔で無表情なので、少々恐い。
山梨さんに気があるのかなぁ。美男は美女を求めるということだろうか。
 しみじみとそんな事を考えていると、相楽さんと目があってしまった。軽く会釈すると、こちらに歩いてきた。
「えっ」
 立ち止って見下ろされ、ぎくりとする。冷たい印象を受ける目を向けられ、心臓が跳ねた。何か、気に食わないことでもしただろうか。
「…あのっ」
「…」
 意を決して声をかけたが、相楽さんは黙ったまま俺が座っている隣の席に腰掛け、手に持っていた皿にのっていたサンドイッチを黙々と食べ始めた。
「あ、あの」
「…どうも」
「え、はぁ、どうも」
 …気まずい。なんなんだ、この空気。そしてこの人。普通婚活パーティーなんだから、女の人の隣に座るんじゃないのか。
そうは思うものの、言いだせず、かといって話しかけた手前席も立てず、俺はジュースをちびちびと飲んだ。
「櫻井さん、相楽さん、はじめまして〜」
「あ、はじめまして!」
 そうこうしていると、俺と相楽さんが固まっているせいか女性陣が寄ってきた。相楽さんは挨拶すら返さず、相変わらずサンドイッチを黙々と食べている。
「相楽さんお腹空いてるみたいで…」
「そうなんですか〜ここのお料理美味しいですよね!」
「あはは…」
仕方なく俺がフォローを入れ、女性へ対応していると相楽さんに肩を叩かれた。
「おい」
「えっ…、な、なんですか?」
 黙ったままの相楽さんは、俺のポケットに名刺を滑り込ませた。訳が分からず、相楽さんを凝視してしまう。
なんだこの人、どうして俺に名刺を渡すんだ。疑問は尽きないが、とりあえず笑って流し、俺は山梨さん達の輪に加わった。
 相楽さんは何故か満足そうな顔で、サンドイッチをおかわりしに行った。

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