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「おぉ…」
アパートのポストへと、雑に投げ込まれたチラシを見、男は息をのんだ。
「…これは、買うしかなくね」
35歳、独身。
課長。社内ではまずまずの業績をおさめ、もっとも部長への出世が望まれるその男は名を、撫牛子公太郎(ないじょうしこうたろう)という。

公太郎は女子社員から騒がれるような、年齢相応の色気と美丈夫と称される容姿を持っているにも関わらず、いままで女性と一度も交際をしたことがないという変わり種だった。
更に、社内の飲みの席にも、上司からの誘いいがい全くのらず、一人暮らしをしている課長という役職に似つかわしい安アパートへと直帰する。そんな公太郎をよくしる部下は、女子社員から「じつは彼女いるの!?」などという質問を投げかけられる日々を送っていた。こっちがききてえよ、とぼやく部下に公太郎は他人事のように大丈夫かと声をかけるのが常だ。

そしてその真実とは――。

「…2800万で4LDK…モデルハウス家具つき…駅近…これはもう買うしか…いや、待て…」
ぶつぶつと、分譲マンションのチラシ片手に言う公太郎。そう、実を言うと公太郎は物件大好き人間だったのである。

中学生のころから早く家を出たい一心で懸命に勉強していた。その本心は――高給取りになり、早く自分の家を買いたいというものだ。
今の不況で、ローンで家を買うなんて恐すぎる。
それが公太郎の考えだ。
自分の部下は結婚し、所帯を持ち始めているがそんなもんくそくらえ、と公太郎は思う。結婚したら何かと金はかかるし(特に女はよく使う)、いいことなんてひとつもねえよ!と毎日アパートで飼っているうさぎに話しかける日々である。

「お前がいればさびしくないぞ、俺は」
ふわふわの毛を撫でながらでれでれする顔。女子社員が見れば歓声をあげそうなものだが、公太郎は社内では常に無表情を保っていた。

国公立でも三本指に入るK大学を卒業した公太郎が最初に面接を受けた先は建築会社だった。物件大好き人間の公太郎にはたまらない環境である。だがしかし、給料が高いという理由から今の会社に入社した。数年前から事業を拡大し始め、今や黒崎財閥と肩を並べるまでになったM.Riverという玩具メーカー。ゲームを主にしてはいるものの、最近ではあらゆる分野の玩具、製品で成功をおさめ株価も急上昇中だ。
それに少しだが貢献している公太郎だが、そんなことはどうでもいいらしい。

預金3060万円。

毎月15万オーバーを預金してきた結果がこれである。
現在のアパートは家賃2.5万の超激安物件――大家が公太郎の美貌に半額にしたため――で、食費も外食をおさえ自炊。節約をかさね、パソコンや携帯は社内のものを使用している。衣服もスーツと普段着が数着しかない。
すべては家を買い、老後をつつましく過ごすため。

「…まあ、添加物やらなんやらで、長生きできるかわからないが…」
冷静に言いながら兎の背を撫でる。
「ああ、お前は可愛いなあ…世界一かわいい」
女に言えば最高の殺し文句だろう言葉を呟く。

「ペットOKか…もうこれは買いか?なぁ」
話しかけられたうさぎは鼻をひくひくさせた。
「うん、よし、買うか」

あっさり決めたうさぎと物件大好き人間、公太郎。

しかしこの選択が今後、恋人何ぞと言い続けてきた公太郎の運命を大きく変えるのだった。



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