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鼻唄 5+9

今日はバイトは休み。かすかに聞こえてくる音楽はなんだか、えらく懐かしい。でもこの曲嫌いじゃないしそれになんだろう、今日すごく気分いいんだよな。バイトが休みだからってのが大きいな。や、バイトだって嫌いじゃねーけど。相変わらず蝉は所構わず大合唱して暑いったら。さて。おにーさんは今日も今日とて絵の具まみれんなってるのかね。
……って。おいおいこの全力で突っ込み待ちな感じの状況何どしたの、とりあえずおーい、

「おにーさん、おにーさーん?」



フニャッと声なのか何なのかわからない音を出して目をうすらと開けた男の鼻の頭は焼けて皮が少し剥けかけていた。
「よう、ジダン」
「わざとだよな?」
「おう、ジダン」
「まあ、それはいいや。あんたの突拍子の無さには慣れてたつもりだけどさ、今日はまた一段とどうしちゃったの」

「おっきな海だろ?」

そう、この男、なんと、マンションの駐車場の脇に、黄色いビニールプールを堂々と広げ、まるで風呂のようにその中に座ってくつろぎ、こともあろうか、寝ていた。

「ちっちぇーよ。……って、そこじゃねえ」

よく見ればビールの缶も置いてある。昼間っから、とかそんなのはこの男にとっては今更すぎて。太陽光がさんさんと降り注ぐ芝生の上の小さいラジカセからは、懐かしい歌。あんたのチョイスだったんだな。どうりで、オレの好みだったわけだ。

「どっから突っ込めばいい?」
「どっからでも飛び込んできな!」

いや、ちげーのって。何百度目かわからない突っ込みは蝉の大合唱に紛れて消えますけど。そんなもんですけど。
とかぼんやりしてたら背中ドーン押されて。気づけばビニールプールに、ダイブ。事後。
頭からかぶった水はすでに水ではなく、生温かった。

「……いやー男前台無しにしやがって、許しませんよおにーさん」
っていうかいつの間に背後に回ってたんだ。その妙な身体能力の高さはなんなんだよ。
って、あれ…?なんか水位下がってね…?

「おれは今、ワイキキビーチにいます!聞こえるか!聞こえるかスコール!」
「おい、バカやってる場合じゃねーって、」
オレがさっき飛び込んだ衝撃でかは分からないけれどプールの隅に穴が開いたらしい。水が少しずつ減っていき、よく見れば駐車場のほうへ!流れ出している!
「やべーやべー、管理人とかに見つかったら怒られるんじゃね」
焦るオレを見ておにーさんは一瞬あっやべって顔を確かにしたけど次の瞬間、まるで向日葵みたいに全身で笑顔になった。

「なんとかなるって!なんとかならなくても、なんとかなるって!」

あっけらかんと言ってのけ、ついにはホースまで持ち出してきて直接攻撃してくる男を見ていると、いろいろ考えるのがバカらしくなってきていつのまにかホースを全力で奪い合っていた。




結局管理人には見つからなかったけれど一階の住人の洗濯物に多大な被害が及んでいたことを日が暮れる頃に知らされ、懇々と説教を食らった後、ショックで冷静になってみた途端に次々に蘇る自分の愚行を悔いているところにおにーさんの
「そんなアクシデントだって風のいたずらだとしたらおれはそれすらも愛しいね」
という深いのか深くないのか全くわからない言葉がぶつかってもう今日の午後はなんだったのかさっぱりだ、けど妙に楽しい気持ちと満足感が残っているのも事実で、トータルすれば確かにそう悪くもなかったかなって、いまここ。
でも今度はスコールという名の保護者も連れておとなしくでっかいプールに行こう。切実にそう思った。