(異説、12回目の戦い)
(正確には12回目が始まる前のお話)
















彼は多分、唄っていたのだと思う。
聞いたことのない旋律、でも只の言葉の羅列ではなく弾んでいたから、きっと。

「望んでいた世界はどうだい?」

見下すような目は細く笑んでいたけれど、その奥に冷たい光を閉じ込めていて、俺は灼かれるのではないかと思った。混沌の駒として生を受けることはまさしく俺の願いで、そうなったことは間違いないらしいのに、我が儘だな、俺はやっぱり違う、なんて思った。

「……前の戦いの記憶が、残っている」
「それは当然だよ、混沌は勝利したんだから、」下らなすぎる台本だけどね、彼は長い袖の裾をひらりと揺らした。

仲間だった者達の顔が浮かんでは消える。あんな泣き顔もあんな真剣な顔も焦った顔も、そして笑顔も、声も言葉も仕草も、余すことなく脳裏に焼き付いて離れない。そうかこれがキオク、か。俺は思わず頭を覆ってしゃがみ込んだ。重い。



忘れたくない、とずっと願い続けていた。
秩序の勝利など無く、秩序の戦士は使い捨ての駒のごとく、ただ混沌に倒されるという意義を持ってのみ存在する。負けるたびに記憶は消滅し、またまっさらな駒として生まれ変わる。ある日ふとしたきっかけで聞いてしまったそんな話は、俺を絶望させるには充分だった。
それでも混沌に挑み続ける他の戦士達と奥底では相容れることができず、俺は密かに混沌の駒として転生したいという願いを抱き続けたまま、ぼんやりとそこに居た。
最後のカオスとの戦いの時、武器を持たずただカオスを見上げていた俺を当たり前のように庇った秩序の戦士の顔が浮かんだ。ただがむしゃらに、生きることのみを望む、綺麗な目だった。
俺はどんな目をしていたのだろうか。



「こんな記憶なら、…いらなかった」
「記憶なんて、まともに相手にしてたら潰れてしまうよ。そうじゃなくても次から次へと積み重なっていくんだからね」
彼は一体どれだけ混沌の駒として転生し続けているのだろうか。それも彼が望んだことなのだろうか。
俺はといえば、混沌の駒として転生したとはいえ秩序の戦士達と戦う気になどこれっぽっちもならなくて、ただただ宙ぶらりんでこの世界から放り出されたような気分だった。混沌は想像していたような甘やかで心地良い場所ではなかった。あるはずが、なかったのだ。自分自身の浅はかさを悔いるには遅すぎるし、こんな独り善がりな理由で混沌の駒になることを望んだ俺にもう秩序を望む資格などない。

「俺に、居場所なんてなかったのかもしれない」

もしくは何も望んでいなかったのかも。
彼はふわりと少し浮き、滑稽だね、と寂しそうに笑った。
ようやく立ち上がって、自分が紅くおどろおどろしい光に囲まれた砂浜に居たことを知る。海のはるか向こうに青い大陸が見える。控え目な緑色の森と廃墟、ところどころに点在する白い光。無性に、焦がれた。綺麗、という言葉がなんて綺麗に当てはまるんだろうと思った。



「まるで、悪い夢を見ているみたいだ」
「いっそ、夢ならいいけれどね」
混沌も秩序も何もかも、この世界そのものが、きっと悪夢だ。秩序に無い希望が混沌にあるかもしれないだなんて、どうして思っただろう。記憶、という言葉の響きはどうして、あんなに甘やかだっただろう。
夢から覚める為の呪文なんか、とっくの昔に忘れた。否、最初から知らなかったのかもしれない。



彼は唄うように紡ぐ。
「僕だってね」
「こんな下らないお芝居なんて、もう沢山だよ」
元の世界で犯した大罪、したかったけれどできなかったこと、小さいけれど大きい手のひらの温もり、それを守れなかった、守る資格もなかったこと。
気づくのが遅すぎたんだ、と自らを嘲笑う彼の記憶はとてつもなく重すぎて、きっと破裂してしまう。本当に大切なものだけ持っておきたいのに、それのなんと難しいことか。
秩序の戦士達のように浄化されてすべて忘れてしまえれば、少しは楽になるかもしれないね。でも僕はすごく悪いことをしたから、もう秩序の駒としては生まれ変われないんだよ。罰なのかもしれないね。
彼の目に紅い光が映る。燃えるような紅。
似合わない。ただそう思った。



俺は彼の手を引いて歩き出す。
青い大陸に渡る、テレポストーンを目指して。
「…どういうつもりだい?」
「もう、全部、止めにしよう」
記憶を失うのも、積み重ねるのも、輪廻に組み込まれて永遠に争いつづけるのも、夢を見るのも、希望を抱くのも、絶望するのも。
「僕を道連れにするなんて、」
「あんたも、行くんだ」
目を見て分かった、なんて言ったら怒られるだろうか。きっとあんたも俺も、こんな世界に居場所なんかないんだ。
混沌でも秩序でも向かう先は同じく絶望、何故ってこの世界そのものが絶望に満ちているから。俺達はただ泳がされているだけに過ぎない、知らないほうが幸せだったのかもしれないけれど。
「秩序の聖域なんて行っても、門前払いだよ」
「違う、秩序でも混沌でもない。どこでもない、誰もいない場所に行くんだ」
そう、青い大陸のさらに果てへ。
果てに何があるかは分からない。この世界に果てなんてなくて、どこまで逃げても結局は秩序と混沌の争いに巻き込まれて終わるだけかもしれない。
でも俺はもう、何もしたくないんだ。傷つけたくも、傷つけられたくもない。背負う大剣の重みを忘れてしまうほどに戦いに埋没するのは、只管に、怖いから。



「馬鹿だね、君は」
そう言いながらふわふわついてくる彼だって、なんて馬鹿なんだろう。
最後に見た混沌の大地はこの世のすべての夕焼けを煮詰めてぶちまけたかのような愁しい紅さで、俺はすぐに目を反らしたけれど、彼はしばらく立ち止まって見つめていた。その目がまた紅く染まるのが嫌で、俺はもう一度強く彼の手を引いた。













2012/04/26 22:53



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