(現代パロ)











視界が一気に開けた。海だ!と助手席からきらきらした声が上がる。さっきまでとは段違いに激しい潮風が頬をくすぐっていく。いや、叩いていくと言ったほうがいいか。それでも窓は全開。本当はオープンカーならよかった。未だ未練が残る。だから頑なに、前も後ろも全開。スナック菓子の袋が飛びそうになったのを、助手席の彼は器用に尻尾で押さえた。

「ひょー、やっぱ最高だわ」
「すげえ解放感! おい、ティーダ。ティーダ、起きろよ、海だぞ!」

後部座席を独り占めして眠りに落ちている彼の鼻腔をも潮風がくすぐっていると思うのだが、ティーダはごろりと半回転しただけだった。ちぇ、と小さく舌打ちした助手席のジタンは、それでもすぐに向き直ってカーオーディオを弄りだした。
じきに流れてきた曲は低音が印象的なロックで、この景色には少し重すぎる気がしたけれど、ジタンおよびその尻尾がノリに乗っているので口出しはやめておく。

「そういやバッツ、この前の映画観たか?」
「ああ、観たけど正直クソだったな」
「なー! だよなー。もう後半はあのグラドルのために観てたようなもんよ」

たしかにいいおっぱいだった。本物のロマンは横乳にあるんだぜ、あとは形だな、弛みがナチュラルであればあるほどいい、ただだらしなく垂れてるのでは駄目なんだ、とこだわり抜いた主張を延々と語るジタンに適当に相槌を打って受け流す。おれは、正直そんなこだわりは無い。でかくて柔らかけりゃなんでもいい。
ふと、後ろからくぐもった気配がした。ついにお目覚めか。

「……風、すごくないッスか」
「あ! やっと起きたな、おまえ身の回りのもん飛ばさないように気をつけろよ、」

一瞬遅かったらしい。
ビョウ、と一際強い風が吹き抜けたかと思うと、次の瞬間ティーダの引きずるような叫び声があがり、ジタンはそれ見たことかと呆れた声を出した。

「オレのパーカー!!」
「ざんねんっ、この車はもう止まれません」

大げさに口を尖らせて沈んだ声を装ったジタンの言葉は事実だった。何故ってここはハイウェイだから。
オープンカーが無理なら出来るだけ窓が大きい車を、と何十件となく巡り巡って出合ったのがこいつだった。ジタンの乳に対するこだわりより強いと自負している、それがまさかこんな形で裏目に出ようとは。

「ま、でもいいッス。別に寒くないし」

あっけらかんと言い放ったティーダは窓から身を乗り出して、潮風を全身で感じていた。すげーやっぱすげー、偉大、最強、とまるで覚えたての日本語をとりあえず使ってみる外国人みたいにカタコトで繰り返す。
ティーダは海が好きだ。いや、それ以上かもしれない。一種の中毒みたいかも、とは本人の弁。今回の提案もまさに彼からだった。
なにはともあれ、パーカーへの意識をいとも簡単に飛ばしてくれた海に感謝しておく。




心地よいエンジンの音。バリバリとうるさい風の音。それに混じる笑い声。どれも不思議と耳障りにならずに風景に溶けて、おれは少し眠くなってしまったくらいだった。
とはいえ免許を持っているのはおれだけだからどうしようもない。特に目的地の無い旅はあてどもなく、きっともうしばらく続く。








2011/06/18 10:56



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