(異説、12回目の戦い)
















なあ、殺せよ。おれを殺すんだろ。さっさと、殺せよ。少し下から茶色い瞳が見上げていた。その声は脅しも憐れみもかなしみも何も含まない、本当にただの呼びかけでしかなかった。
友人を遊びに誘うかのように、彼は繰り返した。殺せよ、と。手の震えが槍に伝わってちいさくカタカタと音を立てた。


なぜ、気づかれてしまったのか。見るからに鈍そうな男だと思っていた。出会ってそう長くもない俺たちに警戒心のひとつすら見せず、元いた世界の話を思い出すごとに無邪気にしてくる彼に、隙はいくらでもあると思っていた。
背後をとる。ほんの微かな風の揺らぎ。一瞬の集中。槍の先に集まる、気。
まさに突き立てようと、水色のマントに触れたのが最後だった。いや、未だ触れてはいなかったかもしれない。気がつけば後ろを向いていたはずの彼の顔が目の前にあった。くらく沈む茶色の瞳孔にひとすじの光。その手には、我がコスモス陣営のリーダーである男を模したような剣が握られていた。

「なあ、なんのつもりなんだ?」

意思を失ったからっぽの槍がカラリと音を立てて地面に転がった。俺は、俺のやるべきことは。俺のやろうとした、ことは。
予想だにしない状況。今まで何度となく同じことを繰り返してきた、朧気ながら残るその記憶の中で、何度も垣間見た感情があった。それは落胆だったり恐怖だったり失望だったり怒りだったり、した。
この男はそのどれも持たずに俺をまっすぐに見据えて、あろうことか少し笑んでいた。本物の馬鹿なのか、馬鹿のふりをしているだけか。おそらくというかほぼ絶対的に後者だという確信の中、彼はその場に突如、寝そべった。

「殺せよ」

旅の話をする時と、何ら変わらぬ口調だった。そのときはじめて俺ははっきり、この男をこわいと思った。俺は、何をしているんだ。世界をそして時空をも渡っても揺らがなかった俺の信念と決意、それによって成してきた一連の行いが。ここに来てこの一見子供のように見える男によって調子を狂わされようとしているという事実は、できれば信じたくはなかった。
未来の為なのだ。可能性を、少しでも多く繋ぐ為だ。そう信じて仲間を「この世界から」葬ってきた。

「よくわかんないけど、おまえ何か企んでるだろ?」

突如投げられた声を俺は当然受け止められずにぽとりと落とした。眼下には相も変わらず隙だらけの男が寝そべっている。こんなにも簡単で、こんなにも難しい裏切りがかつてあっただろうか。
いや、もはやもうこれは裏切りとは呼べないのだろうか。

「なんとなくだけど、感づいちまったんだ。このまま戦い続けても平和にはならない、って」

勘ってやつかな。彼はひゅう、と口笛を吹いた。だって倒しても倒してもおんなじだもんな、あの気持ち悪い人形、減らないし。親玉の顔も何人か見たけどみんな余裕かましまくってるし、いくら歩を進めても核心に迫ってる気がちっともしない。
なあ、そうなんだろ。
俺は仮面の下から、変わらない男の表情を見るともなしに見ていた。視界が狭くてこのときばかりはよかった、と思った。まともに見つめようものなら、俺は自分のなすべきことを果たせなくなるような気がしたから。その瞳に、喰われてしまう気がしたから。


俺は黙って槍を拾い上げた。それがすべてへの答えだった。あたりを流れる魔力とみずからの魔力を一点に集め、その先端に込める。青い雷がちいさくはじけた。
そうか、死ぬんだな、おれ。彼の言葉が終わるか終わらないかのうちにその胸を槍が貫いた。心臓部から一際大きな光が迸ったあと、ぐたりと力が抜けた。その体はすでに冷たくなっていた。
カオス神殿を吹き抜ける風に茶色の髪がさらさらと揺れていた。ただ純粋に綺麗だ、と思った。この世界には似合わない、とも思った。
次の輪廻こそは断ち切らねばならない。俺はただ託すことしかできなかった。願わくばそう遠くない未来、この世界が終焉を迎えますように。
瓦礫が散らばる石像の前に横たわる彼にそっと手を合わせる。仲間の足音が近づいていた。







2011/06/17 19:44



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