寂しいの?

そう言った騎士の声は一見凛々しいながら、その裏側に微かな震えを隠しており私は高らかに笑った。やっと手に入れたのだ。いかにも鬱陶しい夢を持つ銀髪とそもそも存在そのものが夢である金髪とおよそ私の影に過ぎない程度の金髪がことあるごとに邪魔をしてきたがそれも今となってはまるで甘美な夢であったかのように遠く思える。
「貴様には到底似合わない場所だったのだから」
私の言葉に反応して紫紺の瞳に光が凝る。その従順な反応が心地好い。すずやかな銀髪の癖毛といい透き通るような白い肌といい何から何まで私の美的感覚に訴えかけつづけるこんな逸材を、あの愚民だらけの集団の中にみすみす放り込んでおくなどとんだ愚か者のすることであったのだ。私としたことが随分と無駄な時間を使ってしまった。
「この私に選ばれたことに感謝するのだな」
いい目をしている。どこにも属せない、光にも闇にも染まれない、居場所を探し迷いつづけ揺れる瞳。まさに混沌そのものではないか。
その瞳が私を見据えてなにか言おうとした、そしてなぜか少し笑んだ。綺麗な形の唇がほんの少しだが柔らかく持ち上がる。……面白くない。
「……何が可笑しい?」
「……質問の答え、まだもらってないよね。寂しいの?」
先刻放った雷の罠に未だその体を少し拘束されているのだろう、余裕の無い笑みを浮かべる、しかしそこにたしかに含まれていた憐憫の情が霧のようにぼんやりと私の心を覆った。さびしい、とは。よくは解らぬがきっと下らぬ物だろう。
先刻よりは少し紅みが戻った彼の頬へと手を伸ばす。それはひやりと冷たくて思いの外イミテーションと似通っていたので少し戸惑う。
「ねえ、だって」
彼の声は泣いているようで笑っているような不可思議な声だった。「だって貴方、」「こんなにも」
伸ばした手がそっと握られ、骨ばってはいるが綺麗な形の十本の指が私の手をやわらかく包み込む。
「こんなにも、空っぽ」
今度は彼は純粋に泣いていた。生温かい雫が一滴二滴と落ちて私を濡らしていった。
雫がはらり、はらりと落ちるたびに私の中のなにかが少しずつ音を立てて崩れ落ちていくような感覚を抱いた。それは建造物だろうか。たちまちのうちに瓦礫と化して兵どもが夢の跡。降る雨はすべてを包み込み、そして無に還していくというのか。下らぬ、下らぬ。
何故そんな目で私を見る? 何故私から離れていく? 貴様を求めてやったのはこの私だ、この世界のすべてを統べる皇帝である、この私だぞ。 
必死に力を込めるが、まるで動くという行為そのものをすっかり忘れてしまったかのような私の右手はとてつもなく無力でただ騎士の両の手に大人しく捕らわっているだけだった。「無礼者め」、いまこの騎士の前で紡ぐその言葉にどれほどの力も無いのだろうと薄々気づいてはいたが。
私が間違っていたというのか。(まさかそんなはずはない)。求めたものはすべて自身の力でこの手に入れてきたというのに。(手に入らないものなどなかった)。この私が、皇帝陛下であるこの私が。すべての頂点に君臨するこの私が。まるで自らの罠のごとき彼の瞳に捕らえられたまま微塵も動くことが出来ぬとは。
「貴方の周りにはそれはそれはもう数多のものがひしめいているよね」
「……。何が言いたい」
「じゃあ貴方の”中”には何があるの?」
雷に打たれたかのような衝撃が走る。
ひどく脳内が疼く。すべてが零れ落ちてゆく。ワタシヲ、コノワタシヲ、オイテユクトイウノカ。壊れた玩具のように脳内で鳴り響くだけの言葉は一向に形にはならず、只そこに居て手など握られているだけの私は滑稽なほどに不様だった。
「僕は貴方の中に、何も見えなかったから」
そう言って騎士はずっと柔らかな檻のように包み込んでいた私の手を解放した。その瞬間直ぐにまたそれを求めて自らの手を伸ばした私は、もう既に「コウテイヘイカ」などではなかったに違いない。
雨はしとしとと未だ降りつづける、夢幻の崩壊を悼むかのごとく。彼はそっと立ち上がって未だ膝を付いている私の手を引いた。いつか雨は止むだろうか。





2013/03/01 21:50



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