(異説13回目)
※FF9の原作の内容を含みます














銀の髪が風にざわざわと靡く。少し内巻きの癖がついている毛先は首もとをくすぐっているように見えた。形の良い眉の下できちりと閉じられた瞼が開くことはない。
もう3日間、ウォーリアオブライトは眠っている。


3日前、最初に彼を担いで帰ってきたのはティーダとクラウドだった。リーダーがリーダーが!と泣きそうになっているティーダと対照的にクラウドは「眠っているだけだから心配ない」とだけ告げてそそくさと寝床の用意をした。クラウドはきっと元々はそこまでクールでもないと思うのだけど(一見あれだけど話しながら引き出し広げてったらけっこう面白い奴なんだ)、特にティーダの前では意識して兄貴面している気がする。良いコンビだ。
それから1日経っても目を覚まさなかったものだからこれは異常事態だということで、秩序軍の中でイミテーションの討伐に向かわないメンツで頭付き合わせて話し合うことにしたのだが散々だった。
その日出陣していったのはセシル、フリオニール、スコールだったか。今思えば惜しい奴らを無くしてた。
バッツが突然眠り姫の話を始めて、王子さまはお姫さまのキスで目を覚ますんだから!ほらティナ!とか急かして玉葱にフレアを浴びせられていたっけ。いや、思っきし逆だろ。あいつわざとやってんのかな。いちばん行動をともにしてるわりに掴めない部分が多すぎる。困ってたティナちゃんは可愛かったけど。ティーダとクラウドはああでもないこうでもないってふたりの世界で話し込んじゃってこっちの修羅場なんてどこ吹く風、もしかしなくても玉葱VSバッツの同士討ちに収拾つけるのはオレの役回りでしたとさ。揃いも揃って仲立ち組がなんで行っちゃってたの。察知してたの。エスパーなの。


今日の朝はオレが水汲み当番だったので近くの川まで汲みに行った。さすがに3日も飲まず食わずでは人形でもない限り生きられないだろう、となんとなしに考えた時、脳にチリッと小さな稲妻が走った。頭を抱えるほどではなかったが少しふらつき、水がこぼれた。

“人形”

その言葉が何故か脳内を席巻して離れない。霧のようにふわふわと覆って落ち着かない。なんとか川と野営地を往復し皆の分の水を汲んでウォーリアオブライトのテントに行くと、フリオニールがしきりに寝床の隅にしゃがみこんで何かをしていた。
枕の形がいつの間にか変わっている。不恰好だけれど、凹んだ真ん中の部分にちょうどよく頭がおさまるようになっていた。長い間寝ていても床擦れなどを起こしにくいようにだろう、布を何枚か多めに敷いて寝床も改良しているところだった。ヒュウ、と口笛を吹きかけてやめる。こいつはほんとにまじめなやつなのだ。不謹慎、とか言い出しかねない。
「お、ジタン。水ありがとう」
「はいよっと。光の戦士サマ、は……」
「まだ無理そうだ…」
「だよなあ、まぁ仕方ないか。それはそうとお兄さんすげえな、器用だね」
とは言ってみたもののお兄さんって感じはあまりしない。年下という感じもしないのだが。年齢という枠すら飛び越えて別次元の人間のような気がする。だから普段はあまり話をしないのだけど。
「いや、たいしたことは…」
それは向こうも同じこと。会話に挟まる謎の間と不思議な空気。会話の経験値がオレたちはまだまだ少ない。
また少し沈黙が流れて、オレは枕元の台の上に置かれた空のカップを見るともなしにぼうっと見ていた。フリオニールは同じようにウォーリアオブライトの寝顔を見つめていたがふと呟いた。
「なんだろうな……眠っているというより、まるで、止まっているみたいだ」

“止まっている”

その瞬間脳内に落雷。ガシャーン、崩れ落ちるような派手な音がして痛みが走ったけれど多分オレの脳内だけなんだろうな、だってフリオニールはただ不思議そうな顔をしている。やめろ、よくわからないけどとにかくやめてくれ、その“止まっている”という言葉、ひどく胸が騒ぐんだ。
「……!!」
「お、おいジタン…!」
明らかに狼狽しているのはわかったがフォローする余裕なんてなかった。許せ、フリオニール。あんたは悪くない。
オレの脳内に蘇ったのはとんがり帽子をかぶった黒魔導士の男の子。なにかを喋ることもなく、今のウォーリアオブライトのように静かに横たわっていた。

“人形”

“止まったんだ”

頭を抱えてうずくまる。叫びだしそうに脳内がぐるぐる揺れる、記憶が回る。そこから意識を手放した。


気づくと誰もいなくなっていた。頭痛はだいぶ収まったようだ。
まだ少し重い頭を上げると、寝ているウォーリアオブライトの横顔が飛び込んできた。そうか、オレ、この人のテントで。…フリオニールは?
その心の問いかけにまるで反応したかのようなタイミングでセシルがサッとテントの入り口を捲り上げ、「イミテーションが突然出たから皆行ったよ」と短く声をかけてきた。
「少し楽になった?」
「…悪いな、だいぶましになったよ」
「僕も行くから、リーダーをお願いできる?」
戦闘能力においては間違いなくウォーリアオブライトがいちばん高かったので、彼不在の最近の戦闘は正直きつかった。できるだけ早く、傷の浅いうちに終えたい気持ちは皆同じだ。
「おう、見てるぜ」
「ありがとう」
言葉が最後まで紡がれないうちにもうセシルは姿を消していた。彼もさすが戦闘には慣れている。慣れざるをえなかった、というべきか。


目を閉じたウォーリアオブライトの顔は男のオレから見ても綺麗という表現がぴったりで、作り物のようにすら感じた。そっと近づいて息遣いを確かめる。よくよく見ると時々ひくひくと瞼が動いて、掛けられた布団も小さく上下していた。
(止まって……いない)
そりゃそうだ、人間なんだから。人並みはずれた戦闘能力と精神力、情緒を最低限しか含まない機械的な言動など、たしかにあまり人間らしくはなかったけれど。いや、オレ自身がそういうふうにしか見ていなかっただけなのかもしれない。
(思えばフリオニール以上に、話したことなんてなかったな)
そういえばこの人は一切の記憶がないと言った。オレは比較的あるほうだと思ってたけどあの黒魔導士くんのことは覚えてなかったな。
記憶が戻る時って皆あんな感じなのだろうか。けっこうきついんだな。黒魔導士の男の子の「最期」を見届けることは結局なかったのに。想像の産物ということか、それにしてはやけにリアルだった。
イミテーションが出たって言ったな。いつものことながら出現パターンが読めない。汚い手だ。オレ以外は誰も残ってないのだろうか。思えばこんなふうにいろんなことを考えながら何もせずにただ座っているだけなのは久しぶりかもしれない。忙しいなんて感じたことはなくただ夢中だった。夢中なんて良い意味のそれではあまりないのだけど。
また頭が重くなって、抵抗せずになるがままに身を任せたらウォーリアオブライトの布団の端のほうにダイブする形になった。意外と柔らかいこんな布を、フリオニールはどこで調達してきたのだろう。
柔らかさとともに静かに伝わってくるかすかな温もりを感じて、無性に安心した。この人はたしかに生きている、命が流れている、動きつづけている。どうしてこんなことになったのかはわからないけど、ただちょっと長めに眠っているだけなんだ。安心したらまた視界が薄れてぼやけてきた。ここまでイミテーションが来たならどうするつもりなんだろう。


人形だったあいつは果たして幸せだったろうか。長くて短いようでやっぱり長かった旅の途中でも、笑顔を見ることはあまりなかった気がする。重すぎる運命をいつも真正面から受け止めて大切に抱きかかえていた。オレには真似できない芸当だ。
それでも、違う考え方をする違う人間だからこそ、なにかしら与え合えたものもあるはずだとは信じたかった。お互いに独りでは生まれなかったものも、二人三人と仲間が増えて影響しあって化学反応を起こした。まあこんなこと、旅の最中は一切考えなかったけれど。そのときそのときを生きるのにただ精一杯だったな。


あれ、なんだろう、とてもあたたかくなってきた。不自然なあたたかさじゃなくてまんま陽の光みたいなそれ。視界は未だ真っ暗だけど不思議と怖くない。守られているって確信できる、異常なまでの安心感。オレが守らなきゃいけない、手の届くところは守るって決めた。のに。すごくあたたかくて心地よくて何もできなくなってしまっている。もうちょっと、もうちょっと、って。甘えるオレが駄々をこねている。


オレの頭を誰かが撫でている。その手はあたたかい。ここがいつか帰るところだというのならばオレはこのままずっとこうしていてもいいのだろうか。
厳しさの中にも穏やかさを含んだ声が小さく届いてくる。この声をどこかで聞いたことがあるような気がする。いつもはこんなふうに喋る人じゃない。余計なことは言わず実際に行動することで確実に結果を出す。不言実行を体で表しているような人。常に一歩前を歩いて道を指し示してくれる。癒しはもらえないけれど不安を取り除いてくれる。なによりこんなバラバラのメンバーが一致団結できるのなんてきっとあんたの元でしか、


はっと目を覚ます。
銀色の髪に白い肌。ぎこちなく動いた切れ長の碧い瞳と焦点が合って息を呑んだ。「心配をかけてすまなかったな、」それだけ短く呟いてウォーリアオブライトはまたオレの頭に手を乗せた。
目の端にみるみるうちに熱いものがこみ上げてきて、かっこ悪いからせめて横を向こうとしたらそっと布切れを被せてくれたから遠慮なく決壊した。ああ、あたたかい。生きているということはこんなにもあたたかい。
はるか遠くから風に乗ってかすかに届く仲間たちの声が、少しずつ大きくなってきていた。













2013/01/17 20:23



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