魔法は解けた 1

三年冬 恋の一歩手前とはまた違う話です

 一流大学の二次試験は、二月の最終週末にある。よってそこを受験する生徒たちは、卒業式の本当に直前まで
気の抜けない日々を送る。一流大への入学実績が高く支援体制も整ったはばたき学園だが、最後はやはり個人の
努力と資質に拠る。初めて進路指導と受験生担任を受け持つ大迫は、受験生当人達よりどうにもならない不安と
しかし毅然と応援する姿勢を保たなければいけない事に、疲れていた。
 他人の心ややる気は、最終的には動かしようがない。彼や彼女が動いてくれないと、幾ら背を押しても喝破し
ても意味がないのだ。
 だらだらと泣き言を言う生徒を進路指導室で慰めながら、今日も湧き上がる苛々を押さえつけている。
「頑張れとは言わないぞ!他人の気持ちとかテスト内容はどうにもならないんだぁ、どうにかなる自分自身だけ
を変えていかないとな!」
「うう、大迫ちゃーん」
 そう言ってぐずる男子生徒の背中をばんばん叩く。早く立ち直ってくれ、彼女との約束の時間が迫っているの
だと不意に思ってしまう。俺は今、いい先生を演じることが出来ているだろうか。
 自分がどうにかできるのは自分だけ。それを教えてくれたのは、もうずっと大迫の心を揺らしている女生徒だ
った。

 村田雪代は、不器用で取り得は一生懸命なことだけの目立たない少女だった。ただ性格はとても明るく前向き
で、はばたき学園に入学できたのも中学の教師から送られた贔屓抜きの熱烈な推薦文が効いたらしかった。
 中学までの基礎学力が周りの生徒と大分離れていたので、高校初めてのテストで彼女が取った点数は惨憺たる
ものだった。
「みんな、頭がいいんですね…」
 中学までは中の下辺りの成績だったらしい彼女はしゅんとして、補修授業の最前列に座っていた。
「まぁ気にするな!村田は三角や惜しいところが多いんだ、やればできるはずだぁ」
「はい!」
 教えたら教えただけ、ゆっくりとだが雪代は吸収した。芯まで納得しないと覚えられないらしく、たまにやた
ら深いところまで質問されることもあった。学校のお勉強ではなく、教養を深めるような学習の仕方。なかなか
できることではないその勉強方法は、着実に花開いていく。新しく習うことがすべて自分の既存知識の応用か発
展である、ということに気付く頃には彼女は成績上位者になっていた。
「最近、あ、これ、あの理論が基本だなってわかるんです、不思議ですよね。自分が納得できるまで調べる事っ
てけっこう大変なんですけど、せんせいが助けてくれるから安心です」
 にっこり笑ってそう告げられると、大迫も嬉しくなった。贔屓はしたくないが、もっと色々助けてあげられた
らと切に思う。
 ある日、空いていた進路指導室で勉強を見てやっている途中、不意に雪代がもじもじとしてあの、と口ごもっ
た。
「あの、せんせいにこんな事を聞くのは、へんなのかも知れないんですけど」
「ん、なんだぁ」
 それでも言い淀む彼女をじっくりと待つ。
 二年に上がり夏を迎える今、入学したての頃が嘘のように雪代はきれいになった。恐らく、いい友達に恵まれ
たのだろう。何をどうしているのかは大迫にはさっぱりだが、髪の毛はさらさらと肩に流れ、化粧っけはないが
清潔感の保たれた顔の中で唇だけがほんのり色づいている。程よく着崩された制服からは、健康的な手足が伸び
ていた。
 生徒をそういう目でまじまじと見てしまったことに大迫は慌て、頭を振る。
「あのですね、桜井琉夏君…しってますよね」
「おう」
「彼とは幼馴染で、たまに一緒に帰ったりするんですけど…けっこう、あの」
 触られるらしい。まあこの様子からすると、悪戯レベルだろうが。
「どう反応したらいいか、わからなくて。友達に聞くのも恥ずかしいし、そんなこと聞ける男のひとなんていな
いし、…ごめんなさい」
「なぁんで謝るんだ!いいなあ、一緒に下校は青春じゃないか!よし、知識だけあってもしょうがないよな、練
習だ練習」
 ええ?と戸惑う雪代ににっこり笑いかけ、スキンシップの練習を提案する。
「柔道の組み手みたいなもんだな、体育の補修だと思え!」
「えええええ…?」
 ジャージに着替えた大迫となぜか一緒に体操着に着替えた雪代は、校庭の隅で対峙する。
「まあ、具体的にどうやるかより、村田は接触に慣れた方がいい」
「はい」
 目を伏せる彼女に、まず目を合わせて見つめることやさりげなく触れるタイミングなどを教える。
「桜井から悪戯されたらそのままそれを返すのがまずは一番いいかもな」
「はい…」
 今時こんなに純情で初心な高校生がいるのものか、という位に雪代は赤くなる。これは前途多難だ。
「ほら、先生の腕を引っ張ってみろ。体育だ体育」
 腕を差し出すと、ちょっと触れてきゅうっと握られる。
「ほらぁ、もっとグイグイ来い!遠慮してても何も伝わらんぞ!」
 そう発破をかけてやると、ようやくぐいっと引っ張られた。加減が分からなかったらしく引っ張りすぎてよろ
けた彼女を、逆の腕で支えてやる。
「へ、ふぇっ、せんせっ」
「そうだー、やれば出来るじゃないか!」
 そのまま近い距離でがしがしと頭を撫でてやる。
「つぎはそうだなぁ、うん、先生の頭を撫で返せ!仕返しだぞぉ」
「うっ、わ、わかりましたぁ!」
 小さな手に、なでるというよりはぐりぐりと頭を擦られる。
「そうだばっちりだ、飲み込みが早いな!」
 褒められて、彼女の頬が緩む。照れたように笑う顔の中で、印象的なのはやばり黒目がちな瞳だった。
「特別に今から必殺技を伝授するぞ」
「必殺技、ですか」
「そうだ、これを使えば桜井だって誰だってメロメロだ」
 目を見つめるんだ、じっくりと時間をかけて。きっとその真っ直ぐで潤んだようなそれに皆心を揺さぶられる
はずだ。皆の中に自分が入っていることには目を瞑り、ますます照れる雪代を勇気付ける。
「あ、ありがとうございましたぁ!」
「よぉし!良い返事だ!程ほどにアタックして来い!」
「アタックなんて出来ませんー!」
 ふるふると頭を振り、大迫の腕を叩いた。ラグビーで鍛えたというだけはあって、固い筋肉の感触がした。
 ふとそのとき雪代は気付いたのだ。大迫は『教師』と言うイキモノではなくて、男性であると言うことに。
 先日雪代は、生まれて始めてナンパに出くわした。友人と待ち合わせをしている雪代に、馴れなれしく触れて
きた男の手の感触を思い出す。
 先程掴んだ腕や支えられた掌の熱は、頼もしくてやさしい担任教師のものであるが、同時に、二十五歳の男の
ものでもあるのだ。
 ぐるぐる回り始めた生々しい思考に、顔に血が集まって呼吸が早くなる。心臓がおかしい。
「どうした?大丈夫…そうじゃないな」
「い、いえ、大丈夫です、すぐ家に帰って寝ます」
 心配そうに伸ばされた腕から逃げるように、後ろへ下がる。そのまま、顔を上げないまま頭を軽く下げて逃げ
るように駆け出してしまった。
 急に態度を変えて走り去った雪代の背中を見送りその後ろ姿が校舎に消えた後、大迫は地面にうずくまる。
「はーっ」
 深いため息をついて頭をがしがしと掻き毟る。本当に、組み手くらいにか思っていなかった自分を呪う、これ
は女子生徒に対する性的いやがらせになるのではないか。
 途中までは間違いなく体育の延長だったはずだ。最後に流れたなんともいえない空気と、動揺して去っていっ
た雪代。それだけで、この一連の行動が持つ意味は劇的に変化する。正々堂々と告発したり大迫を脅迫する生徒
ならまだいいのだが、彼女は内に溜め込むタイプだ。もし今日の出来事が原因で、接触恐怖症や男性恐怖症にな
ったらどうする。大迫自身は罰せられる覚悟が出来ているが、雪代の人生に傷は付けたくない。
「あー、もう!」
 がん、と壁を殴ると驚いたように近くのプレハブから、担任クラス生徒の不二山が出てきた。
「大迫先生、お疲れっス」
「あ、ああ!」
「何かあったんスか?」
 いつも揺るがない彼の率直さに救われる。
「あー、ちょっと失敗しちゃってな、凹んでたんだ!」
 嵐さーん、嵐くんー?、と彼を呼ぶ声がする。一年少々で彼は柔道部の体裁を整えた。中々できることではな
い。
「おら、呼んでるみたいだぞ」
「押忍、先生ジャージ着てるんなら相手してください」
「のぞむところだぁ!」
 大迫自身の気持ちもまだ固まっていないし、雪代が落ち着くのにも時間がかかるだろう。明日以降、注意深く
彼女のフォローをしようと決める。
 今はただ体を動かして頭を真っ白にしたかった。

 寒風吹きすさぶ中、雪代は軽い足取りではばたき高校の校門をくぐった。センター試験でかなり良い点数が取
れたので一安心したのだ。模試の結果も良好で、しかしぐっと気を引きしめて勉強を続けている。
 きょうはバレンタイン登校日ぶりに大迫先生に会える。
 雪代は大迫の目の前で、わざとらしく教師用のチョコレート箱にプレゼントを入れた。もちろん他の誰に渡す
わけでもない大迫へのチョコレートだ。そのときの大迫の表情からすると、必ず彼の手にプレゼントは渡った筈
だ。
 進路指導室で、相談会をやっているとの案内を見て、すぐに申し込んだ。最終日の最後の枠。明日はもう一流
大の入試本番だという日に大迫に会えるなんて、雪代にとっては褒美以外の何物でもない。
 上履きに履き替えて、ぺたぺたと特別教室棟の階段を上る。丁度前の生徒が帰るところに踊り場で行き会い、
だいじょうぶじゃねぇよちくしょー、なんていっている彼を少し慰めた。ローズクイーンに話しかけられた男子
生徒は、ラッキーとばかりに雪代の手をとり勢いづいて話しかけようとしたが。
「おぅい、時間が押してるぞ!お前は早く帰って明日に備えろー!」
 階段の上から大迫が見下ろしている。口調も表情もいつもどおりだが、なぜか男子生徒は立ちすくんだ。大迫
の大きな瞳が異様に深く冷たい色をしている。
「あ、せんせい。すみませんすぐ行きます」
「すんませんしたー、かえりまーす」
 上靴を鳴らしながら男子生徒は逃げるように階段を駆け下りていった。

「ううー寒かったですー」
「そうかぁ!ご苦労さん」
 暖房の効いた室内に入り、二人は長机越しに向かい合う。雪代は特に何も勉強道具を持ってきていないようだ
った。
「ついに明日だなあ」
「そうですねぇ」
 暢気に答える女生徒に、大迫は破顔して伸ばしていた背筋をパイプ椅子に預けた。
「頑張ったもんな、もう緊張もしないかぁ?」
「はい、もうここで慌てても仕方ないって感じです」
 きっきっ、とパイプ椅子を鳴らしながら彼女は無邪気に笑う。本当に成長したな、と思う。定期試験ですら緊
張していた彼女が、日本最高学府とも言える学校の入学試験にリラックスして臨んでいる。
「あの、私本当にせんせいと出会えてなかったら、ここまで来れなかったと思います。三年間、凄く楽しかった
です」
「いや、村田が努力したからだ」
 笑顔で、しかし強くそう言う。新任でいきなりクラス担任を持たされ、三年間懸命に頑張ってきた。生徒をフ
ォローできているかという不安や指導力不足に悩まされ、教師を辞めようかと思ったことすらあるのだ。生徒に
は決して悟られないように、気力と根性を総動員した三年間でもあった。
 さらに、この目の前に座る少女の存在も大迫を悩ませた。
 彼女のことが、好きなのかもしれない。ソレを認めざるを得なくなってからは、地獄のような苦しみが待って
いた。いっそ雪代が、取り巻いている男子生徒の誰かと付き合っていると言う話でもあれば良かった。
「せんせいがずっと私のことを気にかけて励ましてくれたから、一流大学なんて受験できるんです。それにロー
ズクイーンだって、せんせいに素敵だって言われたくて頑張った結果なんです」
「そんなに持ち上げても何にも出ないぞぉ!」
 綺麗な瞳が、真っ直ぐこちらを見つめてくる。自分が教えた仕草なのに、大迫の心拍数が上がる。
「チョコ、美味しかったですか?」
「あ、ああ。そうだ、ホワイトデーは卒業式後になるからな、大した物じゃないがお返しを持ってきた」
 形が残らないものを、と手作りチョコレートに見合うだけの値が付く菓子を用意した。 小さな箱を手渡そう
とすると、くしゃりと雪代の顔が歪んだ。そのまま涙がぼろぼろと、暖房で火照った赤い頬に落ちる。
「む、村田?どうした!」
 ひくひくとしゃくりあげ言葉も出ない様子の彼女に驚き、大迫は立ち上がる。一瞬ちらりと教室の引き戸が視
界に入り、手早くその鍵を閉めた。
 喘ぐ小さな肩を、ブレザー越しにしばらく撫でる。結構長いことそうしていたが、先程の男子生徒のような苛
立ちは感じなかった。
「ごめ、ごめんなさ…っ」
 ほんの少し落ち着きを取り戻した彼女は、ぎゅうっと背に回っていない方の大迫の腕を握った。
 少し腕に力を入れてしまえば、容易く抱き締めることの出来る体勢。奥歯を食いしばり、それでも踏みとどま
る。濡れた瞳と震える唇が大迫を見上げ、必死に言葉をつむいだ。
「そうですよね、せんせいと会えるのも今日と卒業式だけですよね。ホワイトデーにはもう」
 二人は他人同士。沢山の元教え子の一人として薄れていく関係。
「いやです…」
 そうだ、昔めちゃくちゃなことを言って大迫に男性との触れ合い方を教えてもらったはずだ。遠慮をしたら、
伝わらない。
 握った腕を離さずに、まっすぐ大迫を見つめる。恐れないで、自信を持って進めと彼が教えてくれたはずだ。
その励ましが雪代を大きく成長させてくれたのだ。
「――っ!」
 パイプ椅子に座ったまま体を横にずらし、すぐ近くにあった体に抱きつく。高い体温と硬い感触がスーツのな
めらかな感触ごと雪代に伝わる。
「もう、せんせいに会えないなんていやです」
「村田…っ」
 振り払え。出来るだけやさしく、やんわりと振り払え。出来るはずだ、そして卒業しても自慢の生徒だと、そ
う押し切ってしまえ。 そう何度も理性が叫ぶ。しかし先程指導室の鍵をかけた、男としての大迫がじわりと顔
を出す。
 教師だからと言って、自分の感情を殺すのか。教師である前に、人であれ、人間として対等に生徒と向き合う
ことが自身の信条ではなかったのか。そしてそれは実を結びつつあり、桜井兄弟や他の問題児達も大迫には一目
置いてくれるようになったのではないか。
「村田、ここじゃだめだ」
 抱き締め返せずにさまよう腕はそのままに、しがみ付く彼女に語りかける。
 何事かとまだ涙を流しながら見上げてくる雪代に、約束を与える。
「明日、一流大学の試験が終わったら迎えに行く」
「せんせい…?」
「話の続きはそれからだ」
 今度こそやんわりと腕を解かせ、自分の席に戻るとプリントを裂き、自分の携帯電話のアドレスと電話番号を
書いて手渡す。
「都合が悪ければ無理はしなくていいぞ」
 転がりだした状況に雪代はきょとんとするが、メモを受け取ったとたんぶわりと嬉しさと恥ずかしさが噴出し
た。教師ではない、大迫力からの誘い。
 必死に首を振り、大事にメモを押し頂く。机越しに優しい手が頭をなでてくれるのが嬉しかった。
 泣きやんだ雪代はぽつりぽつりと本来するはずだった話を再開する。受験における心構えだとか、親友らの様
子だとかを話すと、大迫もいつものように頼もしくハキハキと答えてくれた。
「さ、もう遅いから帰るぞぉ!」
「はい!」
 話しこむうちに、冬の陽はすっかり落ちてしまった。しん、とした廊下に出ると身を切るような寒さが雪代を
襲い、思わずくしゃみをしてしまった。
「ん、風邪かぁ?」
 いえ、と答えるものの鼻はぐずぐずいっている。ハンカチで鼻を押さえるその仕草に、大迫は一つの提案をす
る。
「今日は車で来ているから送っていくぞ。風邪でも引いたらどうしようもないからな!」
「え、ええ、あ、あの、えと」
 遠慮するなと言われても、動揺してしまう。男性と二人で車に乗ったことなんかないし、すきなひとの運転す
る車の助手席なんてドライブデートだ。
 どもっている間にも、大迫の後について職員用駐車場まで来てしまう。普段生徒は殆ど来る事のない場所のな
ので、思わず見回してしまう。大方の教師は帰ってしまっているようだが、街中で社長のような人々が乗ってい
る高級車とまるでスポーツカーのような流線型の車が隅に止められていた。
「ああ、あれは理事長の車と氷室先生の愛車だ」
「そうなんですか?」
「先生の車は実用重視だぞ!」
 大迫が手元のキイを操作すると、コロンとした形の軽自動車が答えるようにランプを明滅させた。
「わぁ」
 歓声を上げる雪代に照れ笑いをし、助手席のドアを開けてやる。おじゃまします、と一礼して乗る様子が可愛
くて仕方がない。
 冬場の外に長時間放置していた車の中は寒く、息が白くなる。暖房をかけて車内が暖かくなるまでの間、雪代
の緊張を解くように話し続けた。
「ようし、じゃあそろそろ出発進行だ」
「はい!」
 こんなときまで返事のいい彼女に笑みがこぼれる。なんとか感情は収まったようで安心する。ご褒美で釣った、
と言うと聞こえは悪いが明日はまさに天王山だ。今から二十時間ほど感情が持てばいい。
 いたって安全運転で揺れも少ない助手席に、雪代は安心して身を沈める。夜の帰宅時間だからか少し道は混ん
でいて、ゆっくりと車は進んだ。
 会話は途切れることなく続いていたが、だんだん睡魔が襲ってきて、言葉が途絶えがちになる。沢山泣いて、
話して、思わぬ誘いを受けて、疲れてしまったのだ。
「村田――?」
 信号待ちに助手席を振り返ると、すうすうと寝息を立てる少女の姿があった。乗り心地重視の厚い座席にまる
くなって気持ちよさそうに眠っている。さらさらと頭を撫でると、懐くように身じろぐ。
「…がんばれよ」
 この空間をもっと味わっていたいが、無事送り届け明日のために休ませるのが一番だとハンドルを握りなおす。
 眠る前に家の位置は教えて貰っていたので、迷うことなく彼女を送り届けることが出来た。
「こらぁ!村田ぁ!おきろ!」
「ふぇっ、は、はい!ごめんなさい!」
 教室で居眠りを起こすように怒鳴ってやると、雪代はびくりと目を覚ました。
「ははは、着いたぞ!」
 暫く状況が分からなかったらしく視線をうろうろさせた後、不意に赤面する。
「せんせい!からかいましたね!」
 ぶうっとふくれて軽く殴ってくるのを軽くあしらい、運転席を降りてドアを開けてやる。
「私、全力でやります」
 玄関前できっぱりとそういう彼女は、綺麗だった。
「そうだ、お前の三年間をぶつけて来い!」
「はい!」
 頭を下げ、自宅に入る雪代に笑みを向けた。

 車に乗り込み、少し走らせて路肩に駐車する。はぁと深く息をつき、大事な生徒達の受験前夜であるのに、自
分の感情ばかり優先する自分を呪う。
 だが、もう自分で導火線に火をつけてしまった。すべては明日に持ち越された。

→2

※大迫ちゃんの車はスズキのワゴンRだという妄想。



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