3Rの気持ち
バンビちゃん=雪子ちゃんです
去年も一昨年も、紺野の誕生日には鉄道グッズをプレゼントした。彼の趣味に合って負担にならないものをと
考えると、どうしてもそうなってしまうのだ。お笑いに詳しくない雪子には、DVDや書籍はどれを贈って良い
のか見当もつかない。
だから今年も、小さなアンティークの鉄道模型を贈ろうと思っていたのだのだが。
編み棒を動かす腕を止め手首にちらりと目線をやると、きれいな石の連なったブレスレットがちかちかと小さ
く光を反射していた。先月、雪子の誕生日に紺野がくれた物だ。
デートの帰りに酷く照れながら渡されたそれがとてもうれしくて、自分の部屋で何度も鏡に映したり眺めたり
してにやにやとしてしまった。でも、どれだけ嬉しかったかを言葉で表すことが出来なくて悔しい思いをしたの
も事実だ。デートのたびに着けようにも、今は受験前なのでそれほど一緒に出かけることもできない。
だから、自分も心のこもったお返しをしようと思った。
しかし、男性に、しかも紺野に向けた衣料品や身につけるモノの贈り物などそうそう思いつかなかい。懸命に
考えて、紺野の写真も引っ張り出してきて考えついたモノがスキー帽だった。彼はスキーが得意だし、確かポン
ポンがどうのと買い換えを考えているようだった。
そしてもう一つ、雪子が唯一人に誇れるものが編み物の腕前なのだ。
あのカレンからもセレクトショップにおけるレベルだとお墨付きをもらい、実際彼女の私服も何枚か編んでい
るから、きっと一般的に見ても質が悪くはないのだろう。
かくいう訳で、センター試験前だというのに編み物に精を出しているのである。手編みは重い、と言われるこ
とも多いから、できるだけ既製品のように、でも紺野の好きな色で。
一流大学受験の為に予備校へ通う雪子を、紺野はたまに家まで送ってくれる。
センター試験の答え合わせをした今日も、雪子が駅前にある大きな予備校の建物から出ると、少し離れた時計
によりかかって彼が待っていてくれた。寒いのに夜遅いのにごめんなさいと言う気持ちで一杯になって小走りで
駆け寄ると、お疲れ様と微笑まれて動揺してしまう。
「あの、その、ごめんなさい。別に、いいんですよ…?」
「夜遅くて危ないからね、僕はアルバイトの帰りだから負担じゃないよ」
と言われると胸が苦しくなって、遠慮の言葉もそれ以上出なくなってしまう。アルバイト帰り、というのは本
当なのだろう。スーツの上にトレンチコートを羽織った姿は、まるで社会人のようで酷く格好良く見えた。
雪子の家がある海沿いの方へ歩いて行くと、徐々に街灯の間隔が遠くなり、道を歩く人も少なくなってくる。
雪子の家の近く、小さな公園を越えた辺りでごく自然に手を握られる。いつも同じタイミングなのにやっぱりど
きっとしてしまって、僅かに前を行く紺野を見上げると寒さのせいでなくほほと耳が真っ赤になっているような
きがした。
「せんぱい…」
「な、なんだい」
ぎゅっと手を握りかえして、振り返ってくれた紺野に思い切って身を寄せてみる。誰も来ませんように、誰も
来ませんようにと心の中でお願いしていると、そっと温かな手が背中を撫でてくれる。
「どうしたんだい、急に」
「いやですか…?」
「嫌じゃ無いよ、ただ…その、びっくりして…、うれしいんだけど…、何を言っているんだ僕は…」
照れてしまってもごもごと独り言を言い始める青年に、少女はくすりと笑う。ほんの少し取り戻した余裕で鞄
の中を漁り、紙袋を取り出した。
「あの、せんぱいこれ、誕生日おめでとうございます」
「え…、あ、ありがとう…!うれしいな、中を見ても…」
「だめです」
目の前で、反応を見るのが怖かった。というのもあるし、自分と同じように悶えて欲しいという意地悪な気持
ちもある。
「え、なんで、駄目なんだい?」
「だめです!おうちで見て下さい!」
そんなことを言いながら、二人はしばらく公園の前でじゃれあっていた。