「芸術」の続きですが読まなくても大丈夫だと思います。
「魅力」
夏の夕立に捕まった紺野と雪子は、ずぶぬれのまま人気のない校舎内を歩いていた。中庭の隅にいた為、校舎
にたどり着くまで時間が掛かってしまい、水を被ったようになっている。元々雨の予報でも出ていたのだろう、普段
は学校に残っている生徒達も早めに帰ってしまっているようだ。
「雪子さん、荷物は」
言いながら振り返った紺野が、驚いたような顔をして不自然に思いきり目線をそらす。
「教室に置いてます…先輩?」
「確か生徒会室に備品のタオルがあったはずだから、君の教室に寄ってから行こう」
視線を前方に固定したまま何時にない早口でまくし立てた男は、ギクシャクと廊下を歩いていく。
塗れた上靴のゴム底が立てる音と外の激しい雨音だけが二人を包んでいる。少しおかしな紺野の様子が気になるものの、
校内デートのようで雪子は幸せだった。明確に告白をしていないせいなのか、只単に二人とも臆病なだけかもしれないが、
イベント事が無い限り校内で恋人らしい振る舞いをする事はほとんど無い。
こんなチャンスは二度と無いかも
しれない。その思いが雪子に勇気を与えた。階段を昇り、二年生の教室が並ぶ廊下に
出た時、前を行く紺野の手をぎゅっと握った。
「っ!」
びくり、と大げさに反応した紺野は驚いた顔で振り返る。
「あ、ごめんなさい」
嫌でしたよね、と言いながらうっすらと涙を浮かべ手を振りほどこうとする少女の手を、
男は強く握り返す。
「嫌じゃない」
ふるふると首を振り、尚も振りほどこうとする華奢な手をそのまま引き寄せる。
「嫌じゃないんだ、ただ、あの、言いにくいんだけど、君の格好が…」
「制服がどうかしましたか」
二人の距離は三十センチも無いのに尚も視線を外そうとする紺野の言葉に、雪子は己の体に視線をやる。
「あ…ぅ」
夏服はベストを着ない限り上半身カッターシャツ一枚だ。しかも今日に限ってキャミソールを着ておらず、控えめな胸
を覆う桃色の下着が思い切り透けていた。体のラインも露になり、臍まで透けて見えている。
「分かったかい」
そう困ったように微笑んだ紺野は、さあ行くよ、風邪を引いたらいけないからねと、真っ赤になって竦む雪子を引きず
るようにA組の教室に入る。
雪子はスケッチ用具を鞄にしまい帰宅の準備をする間、非現実的な状況にくらくらしていた。毎日友達と遊んだり、授
業を受けたり、大迫先生に怒られたりする教室に、好きなひとと二人きり。しかも半裸に近い状態。
一刻も早くこの状況から抜け出したいと祈る気持ちと、何かを期待する心がぐちゃぐちゃになって、自然と片付けるスピー
ドも落ちる。いつの間にか完全に止まった手の上に、ぽたぽたと涙が落ちる。混乱して暴走する感情が雪子を支配していた。
「…雪子さん?」
窓辺で雨の様子を見ていた紺野が驚いたように歩いてくる。大きな手が、雪子に触れようかどうしようか、と揺れている。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
わけも分からず俯き、しゃくり続ける雪子の頬に暖かく大きな手が触れ、そのまま上向かされる。
きっと、みっともない顔をしている。それを見られることがたまらなく恥ずかしく、雪子はぎゅっと目をつぶった。
「…知らないよ」
聞いたことのない調子で囁く声に驚く間もなく、唇がやわらかい感触でふさがれた。
紺野は我慢の限界を破った自分をすがすがしく感じていた。今まで我慢していたことが愚かしく思えるほど、決壊は簡単
なものだった。純粋で初心な恋人が、欲望を持て余し見上げてきたあの瞳と震える唇。自分が何を求めているのか分からず
に怯えきった仕草。何度か柔らかく唇を押し当てても、抵抗すらできずになすがままになっている。いけないとは思いつつ
も、紺野も感情の手綱を緩め、雪子の唇を舌で開いた。
「ん、んぅ」
戸惑い奥に引っ込む舌をやさしく舐める。鼻にかかったような息にすら煽られる。本当にファーストキスなのであろう初心
すぎる少女の反応に男は煽られ、リードするように息継ぎを挟みながら気の済むまで口腔を舐り倒す。
何度目か分からない口づけを終えた時、ついに雪子は一人で立つことが出来なくなり、支えられるまま紺野の胸に倒れこんだ。
全速力で走った後のように息は上がり、口とずっと上向きにされていた顎がだるい。何より全身が恐ろしいほどの熱を持っている。
「このままだと風邪引いちゃうよ」
ぴったりくっ付いている部分は温かいが、確実に制服や靴は冷えてきている。くったりしたままの雪子の頭を優しく
撫でながら、支えている腰を引き寄せる。
「荷物はそれだけ?」
幸い大体の荷物はまとめ終っているらしく、抱きしめた胸の辺りから頷く気配がする。その荷物を肩に掛け、糸の切れた
人形のようになっている少女を抱き上げる。
「ひゃっ…せんぱい、おろして」
「駄目、歩けないだろう。それにくっ付いてないと寒いよ」
ハハッといつもの笑い声を上げ、君を抱える力くらいはあるよと男は囁いた。
雪子の教室から生徒会室までは少し距離がある。ごとごとと煩い心臓の音のせいで、もう雨の音も足音も聞こえない。
このままどこにさらわれてしまうのか分からないし考えたくない。ただ紺野の胸からも同じくらいの鼓動が聞こえる事が嬉しかった。
両手がふさがっている紺野の代わりに手を伸ばし、生徒会室のドアを開ける。電気の付いていない室内には誰も居らず、
紺野の鞄だけがパイプ椅子の上にぽつんと置いてあった。
パソコンデスクの椅子が座り易いよね、という言葉に素直に従い、雪子は又手を伸ばし、キャスターつきの椅子を自分のほうに向ける。
「はい、降ろすよ」
背の高い紺野は膝をついて、ゆっくりと雪子を椅子に座らせた。まるでお姫様扱いだ、と胸が苦しくなる。
「ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ」
不意に口を付いて出た本音に、男は慌てる。先程まで腕の中にあった体温にどれだけ幸福感を味わったことか。
ごまかすようにタオルをしまってある棚に向かう。文化祭やイベントの時に貸し出すタオルだが、非常事態ということ
で処理しようと小賢しい考えがめぐる。
「はい、タオル」
雪子にもタオルを渡し、自分は頭と顔をざっとぬぐう。ぬれて重たくなったベストは脱ぎ、カッターシャツもいくらか
ボタンを外してズボンから裾を出す。
「まだ出してくればあるよ。タオル足り…?」
振り返ると、雪子はタオルを手に握ったまま、ぽかんと紺野の方を見つめていた。どうしたの、と聞きながら彼女の頭に
タオルを掛け柔らかく髪を拭いてやる。電気をつけないままの生徒会室は雨の降る外の薄ぼんやりとした明かりが差し込むばかりだ。
窓を背にしている為、雪子の表情は良く見えない。なされるがままになっている彼女を見て、紺野の中によからぬ感情が舞い戻る。
手を繋いで、口づけて、それから。浅ましい、自分が嫌になる。
紺野の手で髪を拭かれるのは、ひどく気持ちがよかった。だから、その手が離れていった時無意識に唇が言葉をつむいだ。
「もっと、してください」
普段とは全く違う乱れた格好の紺野を見るだけでも心臓がつぶれそうなのに、体はあらぬ方向に暴走し始める。
苦しそうな表情になった紺野が、しゃがんで雪子と目線を合わせる。
「あのね、僕は君を大事にしたいんだ。ちゃんとデートして、雰囲気作って、それから痛くないように、してあげたい」
ふるふると少女は首を振る。
「そんなの、先輩の勝手です」
お互い舞い上がっているだけだ。後悔するぞ。と、理性は囁くが、紺野も高校生男子として限界を迎えつつあった。
一度立ち上がり、入り口と窓の鍵をかけカーテンを閉める。部屋の中は薄墨のような闇に染まり、雨の音も遠くなった。
「怖いかもしれないけど、もう、やめてあげられない。あとで気が済むまでなじってくれ」
きょとんとする雪子を抱き上げ、壁際のソファに押し倒し、そのままキスして舌を食む。少し戸惑いながらも少女は懸命に応えた。
キスが止んだ後塗れた赤い唇を拭いもせず、雪子はしっかりと紺野を見つめて言った。
「せんぱい、すきです。せんぱいのものにしてください」
強烈な誘いは男に残っていたなけなしの理性を砕き、きつい抱擁が少女を捕らえた。
狭いソファの座面は雪子一人にぴったりなサイズだった。それを組み敷く紺野は中途半端に片膝を床に投げ出す形になった。
窮屈さは自然、二人の距離を近くする。
泣いたりキスしたりで上気した雪子の頬を撫で、そのまま首筋や胸元をさらりと撫でる。
くすぐったそうに身じろいだ感触が紺野の体にも直に伝わってくる。男の手がカッターシャツのボタンを外し始めた時、
彼女がぎゅっと目をつぶったのも分かったがそのまま前を肌蹴させた。濡れたシャツを取り払われた肌は少し湿っていて、
吸い付くような感触がする。薄い肩から肋骨の感触を楽しみ、柔らかな腹をたどる。背中に手を回し背中のくぼみをゆっくりとなぞる。
「ひゃ、ん、せんぱい、くすぐった、あ」
「くすぐったい?」
ぶるりと体を震わせた少女に一度口付け、背中をなで上げながらブラジャーのホックを外す。薄桃色の可愛らしい下着がずれ、
まるく柔らかそうな胸が露になる。恥ずかしがった彼女が逃げようとする前に、控えめなそれを手中に収めた。
「むね、大きく、ないから…あ、はぁ…っん」
やわやわと揉んでやると鼻に抜けたような声が漏れる。
「かわいいし、僕の手にちょうどいいよ」
そう笑ってやると、ふるふると頭を振って恥ずかしがる。ひとしきり感触ともだえる様子を楽しんだ後、色づく先端をきゅっとつまむ。
「ふぇ、やあぁん」
無意識に高い声が上がり、雪子は口を押さえる。紺野の手が触れたところが、全て熱い。恥ずかしくて声なんか出したくないのに、
自制がきかない。蹂躙する手は散々上半身の弱いところを探り当てた後、不意に離れて行った。ソファの上に落ちたままだった手が、
男を引き止めるように持ち上がったのは無意識だった。
少女の体は触れるごとに敏感になり、甘い声を上げる。熱をそらしたり駆け引きする様子などまるで無い。そのくせ、不意に体を
離すともっとと手を伸ばす。その様子に男は心が締め付けられ下半身に血がたまるのを感じた。
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