裏切り




面倒な七武海の集まりから解放され、アラバスタに戻ってきた。
レインディナーズの従業員の言葉は軽く流して、女がいるであろう執務室に向かう。
だが、執務室に予想していた光景はなく、寝室の扉を開け放った。

「フゥー…ご入浴中か。」

見れば、浴室へと続く水場の扉が僅かに開いている。
いくら此処が゙英雄゙の城だからといって、不用心過ぎやしないかと思ったが、女も弱くないことを思い出して鼻で笑った。

代わりに鎌首をもたげてきたのは、女がどんな表情でシャワーを浴びているか、自分を見たらどんな表情になるか、だった。
柄にもねえことだと判りつつ、あの女に対しては今更かと深く考えることは止めにする。
己の欲の赴くまま、身体を砂に変えて扉の隙間から中へと滑り込んだ。

シャー…

全面ガラス張りの浴室は、洗面台から中が丸見えだ。
水が不利な能力の都合上、念のため視界を遮るものを排除した結果だが、今は頗る眺めがいい。

女…レプティールは、壁に備えつけられたシャワーから落ちるお湯を頭から全身に浴びていた。
ボディソープにまみれた身体を洗い流している最中らしく、首から肩、肩から腕へと手を滑らせている。
こんな光景は何度か見ているが、女の癖なのか、滑る手は常に緩やかで丁寧に自身の裸体を撫で続ける。
その様はさながらストリップショーのようだが、下品な印象は決して与えない。
女の生来の気品なのか、培った経験が織り成す色気なのか。立ち上がる湯気が尚一層白い裸体を際立たせる。
その表情はよく見えないものの、時折ちらりと見せる横顔は満足げだ。

洗面台に腰掛け葉巻をふかしながら、女の妖艶たるシャワーシーンを眺める。
自然と口角が上がるのは男ならば必然で、自分の女ならば当然。
いつ此方に気付くかとその瞬間を見逃さないために目は反らせない。
…というのは、男としての言い訳か。

キュッ

全身を隈無く洗い流した女がシャワーを止める。
この空間に唯一響いていた音が無くなり、後に残るは女の滴のみ。
簡単に髪の毛の水分を抜いた女は、浴室内に常備しているバスタオルに身を包んだ。


「悪趣味なんじゃない?」

唐突に振り返った女は俺の目を見てそうぬかしやがった。しかも笑いながら。
ちっ、知らぬ振りをしていやがったな、この女。

「気付いていて見せつける方が悪趣味なんじゃねえか。」
「あら、折角タダで見せてあげたのに。」

浴室から出てきた女を睨み付けると、失礼しちゃうと言いながら俺の目の前に立った。
口ではそう言って肩もすくめて見せているが、目は笑ったままだ。完全に楽しんでいる。

「何が可笑しい?馬鹿にしてんのか。」
「まさか。会えて嬉しいのよ。」

くつくつと笑いながら、俺の足と鉤爪に手を添えてぐっと顔が近づく。
妖艶な動作で女から寄せられた唇を拒むことはしなかった。
まだその身体は滴るほど水で濡れているが、不思議と不快には思わない。
軽いリップ音を立てて唇は直ぐに離れ、至近距離で覗き込まれる。

「私のショーはお気に召して?」
「…気付かれてなけりゃァ、もっと良かったかもしれねえな。」
「んー…それはちょっと無理かも。」
「何故だ。」

困ったように笑う女に尋ねれば、少し驚いたように眉を上げた。
それからまた被顔して、俺の顔を左手の甲でゆっくりと撫でる。

「だって、クロコダイルの覇気には気づいちゃうもの、私。」

その言葉に、俺の中で何かが切れた。
右手で女の腰をぐいっと引き上げると、微笑む唇を深く奪う。
有無を云わさず舌を捩じ込めば、一瞬怯んだ女も答えてきた。

「んっ…んふっ…」

約3週間ぶりの味と感触を貪る。
部屋に入ってから女の熱に触れるまでに時間があったせいか、尚美味い。
引き寄せた右手で女の身体をなぞり、見ていた形とそれだけでは判らなかった柔らかさを堪能する。
しばらく互いに夢中になっていたが、呼吸が苦しくなったのか、女が身を引いた。

「はっ…何?したいの?」

答える代わりに首筋に吸い付いて、舌を転がす。

「海賊ってのは奪うもんだ。」
「海賊らしいけど、んっ…あなたらしくはない。」
「あ?俺は欲深い男で有名なんだが?」
「それは女に限らずでしょ?私のショーを見たくらいで欲情するなんて、らしくない。」

そんなに溜まってるの、などと馬鹿なことを言いやがった。
這わせていた首筋から顔を上げ、触れるか触れないかの距離で目を細める。

「…本気で言ってんのか?」
「え?…そうだけど…」

困惑する目は嘘をついてはいない。
身体に溜まった熱が、一気に引く。

「…退け。」


コートを椅子に放り投げ、ベストをその上に打ち捨て、ネクタイとベルトを外してさらに捨てた。
銜えていた葉巻を灰皿に押し潰し、新しい葉巻を取り出し火をつけた。

「クロコダイル。」

不機嫌を露にしてベッドへ腰掛けた俺に、女はさっきの形のままで近付いてきた。

「興が醒めた。服を着ろ。」

吐き捨てるように言い放ってやれば、慌てた様子で俺の横に座る。

「ごめんなさい。怒った?」
「うるせえな。」

女が求めたモノば俺゙ではなく、゙俺らしざ。
何も考えず、女の反応を見たいと考えた俺を殴り飛ばしたい。
己の゙らしざよりも゙惚れた女゙を選んじまっだ俺゙を。

目を瞑り、深く深く息を吐き出し、葉巻を吸う。
女の云ゔ俺らしい゙とは何のか判らないが、必要ならばそうしてやる。
とりあえず、女のショーで溜まった熱をすべて静めれば問題ないだろう。

「クロコダイル?ねえ…」
「あ?」
「そんな顔をしないでよ…謝るから…」

「泣きそうな顔して、る…」
「あァ?」
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの…
「…ふざけんじゃねえ。誰に向かって言ってんだ。」

泣きそうな顔に対して言ったんだが、女は首を振った。

「謙遜のつもりで言っただけで…」
「黙れ。触るな。」

とにかく今は頭に上った血を冷ましたい。
近づくな、と念を押して、葉巻に集中するために眼を閉じた。



「ごめんなさい…」

私が裏切ってしまった。
だから、もう此処にはいられない。

カチャッ…

「…今まで、ありがとう。」

最後は笑えただろうか。
彼が愛してくれた私に、なれていただろうか。

長い廊下にブーツの音だけが響く。
早く、今は早くこの裏切り者を、彼から引き剥がしたい。



「?…レプティール?」

女の姿が見えないことに気付いたのは、2本目の葉巻を手にした時だった。
葉巻を啣えたまま室内を歩くが、気配すら感じられない。
外に出たのかとふと見やれば、女の化粧品、服、バッグが無い。
テーブルの上に見慣れない紙が一枚、酒瓶に挟まれて置かれていた。


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傷つけてごめんなさい。
あなたの人生に幸あらんことを願います。
さようなら。
            レプティール
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「あの馬鹿女っ…!!」



(ちょっとした擦れ違い)


あとがき
なんという早とちり。
BWを立ち上げる少し前のお話です。この時点で5年ほどの付き合い。
社長はヒロインにだけは許していますが、理由は本人も理解できないため、考えません。
ただ、ヒロインといると落ち着くそう。
続きます。
(2014.3.15/∞)


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