深紅の魔女




「出掛けるぞ。」

ティータイムに声をかけられ、レプティールは慌てて準備をした。
表に出るとF-ワニが待機していて、寛ぐクロコダイルの横に座る。

「何処まで行くの?」
「アルバーナだ。」

昼間から二人揃って出歩くことは殆どない。
珍しいと首を傾げるレプティールに、クロコダイルは淡々と告げた。

「今日は王宮で社交会がある。出ろ。」
「え?」
「…不都合でもあるのか。」
「だって…そんなところに出られるようなドレスを持ってないし…」
「あァ?何のために早めに出て来たと思ってんだ?」
「買ってくれるの?」
「持ってねえんだろうが。」


アルバーナに着くと、クロコダイルは慣れた様子である店に入った。
そういう知識を持ち合わせていないレプティールでも、品のある高級店であることは見て判った。

「いらっしゃいませ。」
「こいつにドレスを見繕ってくれ。」
「畏まりました。お好みの色などございますか?」
「そうね…とりあえず見ても?」
「どうぞ。ご覧ください。」

「色は黒か赤かしら。あんまり明るい色は好きじゃないの。」
「成程。それでしたら…」

「このような赤でしょうか。」
「そうそう。こういう赤が好きよ。」
「黒ですと、このように金銀のラインがあるものもございます。」
「それもいいわね。」
「ご試着なさいますか?
「お願いできる?」
「では、こちらへどうぞ。」

「どうかしら?」
「…悪くねえ。」

「これは?」
「…悪くはねえが。」
「ちょっと地味というか、落ち着き過ぎ?」
「まァな。」

「おい。」
「はい。」
「あの左端にある奴だ。」
「畏まりました。」

「お客様。クロコダイル様がこちらを試着するようにと。」
「あら、ありがとう。」

「ああ、それだな。」
「これにするわ。」
「ありがとうございます。」
「ついでに髪飾りも欲しいんだけど。」
「畏まりました。色はいかがしましょう。」
「デザインによるかしら。」
「髪の毛はどうされますか。」
「髪飾りに合わせてアップにしようかと。」
「では、合わせて参りましょう。」

「シルバーの2個目だ。髪はその位置でいい。」
「くすっ…じゃあ、これにして。」
「ありがとうございます。」

買ったその場で着付けまで済ます。
出来上がったレプティールを見て、クロコダイルは満足そうに笑った。

「行くぞ。」

クロコダイルに並んで深紅のドレスをまとったレプティールが立つ。
それは王宮の社交界においても、一際目立つ組み合わせだった。

「おお、サー・クロコダイル!」

色々な意味でざわついた会場内で、真っ先に駆け寄ってきたのは、砂漠の王。

「お忙しいところ申し訳ない。」
「国王直々の招待とあっては、来ない訳にはいかない。」
「ありがとう。」

クロコダイルの社交辞令にレプティールが心の中で笑う。
それが判ったのか、クロコダイルもちらりとレプティールを睨む。

「おや、此方のご婦人はどなたですかな?」
「私の秘書でね。…レプティール。」
「はじめまして、国王陛下。レプティールと申します。」
「はじめまして…いやはや、こんな綺麗な方を秘書にお持ちとは知らなかった。」
「まあ。お上手ですこと。」
「本心ですぞ。はははっ」

ゆっくりしていけという王の言葉には、二人揃って社交辞令で笑みを返す。
急ぎ早に王が離れると、様子を見ていた取り巻きが一斉にクロコダイルを取り囲んだ。
砂漠の英雄などと呼ばれていることは知っているが、レプティールは初めて見る光景だった。

(いくら七武海で英雄って言っても、海賊なんだけど…単純な人達。)

王ですらああなのだからと納得しようとしたが、海を知っているレプティールにはどうも理解できない。
そんなことを考えながらも、レプティールは付かず離れず、クロコダイルの様子を伺いながら付き合った。




「んんっ…」

レインディナーズの自室に戻って直ぐ、クロコダイルは有無を云わさずレプティールの唇に噛みついた。
舌で口内を這いながら、右手は身体のラインを撫で、鉤爪でドレスを裂こうとした。
それに気が付いたレプティールは慌てて、クロコダイルの胸を押す。

「はっ…破らないで。」
「あん?」
「ん、待ってってば。」
「ちゅっ…なんだ。」
「ドレス。折角あなたが買ってくれたんだから。」
「そんなもの…幾らでもやる。」
「駄目。あ、砂も無し!」

右手で砂にされたら堪らないと、レプティールはクロコダイルと距離を取る。
盛大な舌打ちが聞こえたが、このくらいは譲れないと粘った。

「クロコダイルが選んでくれたし、大事にしたいの。」
「…ちっ、判った。だから、来い。」

面倒だと表情に出しながらも、クロコダイルが手を広げる。
半信半疑していたレプティールだったが、来いというクロコダイルの声を信じることにした。

「破ったら、二度と一緒に行かないから。」
「しつこいんだよ。」
「んっ…」

再び唇を重ねながら、クロコダイルは右手でドレスのスリットをぬっていった。



「しつこいのはどっちよ…」

散々弄ばれた後、レプティールはぐったりとベッドに横たわっていた。
ただでさえ慣れない社交界で疲れていたというのに、休ませてという声も何も無視された。

「ふん。体力が落ちたんだろ。」
「失礼な…、…寝るわ。」

おやすみなさい、とレプティールは不貞腐れたように布団にくるまる。
クロコダイルはいつもの一服を燻らせるべく、葉巻に火を点けた。

しばしの沈黙の後、あっと小さな声が上がった。
クロコダイルが声の主を見やれば、レプティールがちらりと視線を投げかけて、

「…私は砂にしてもいいけど、ドレスは駄目…」

と意味の判らないことを言って、また目を閉じてしまった。
しばらくレプティールを見つめたまま固まっていたクロコダイルは、くっと喉を鳴らした。

(まさか、こんなもんで喜ぶとはな…)

床に落とした深紅のドレスをつまみ上げる。
何にも執着を見せない女が望んだモノが、初めて買い与えたドレスとは。
全くもってらしくはないが、レプティールが望んだのだ。
細心の注意を払って丁寧に脱がしたことはクロコダイルだけの秘密である。
己の言動がまたらしくないと葉巻を吐き出しつつ、美しく気高い女の姿を思い出すべく瞼を下ろした。



(深紅に身をつつみて砂漠を行かん)


あとがき
砂鰐社長にドレスを選んで欲しかっただけの話。(2014.3.12/∞)


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