1年離れていたっていうのはけっこう大きかった。
この1年の間に、俺と育ちゃんは、盆と正月と合格発表の翌日しか会ってなくて、まともに「こいびと」してなかったのだ。
つまり手をつなぐとかキスするとか、デートするとかそういうこいびとっぽいことを。
だから、育ちゃんが俺とのスキンシップに慣れるのには、かなり時間がかかりそうだった。
そして。
「れ、れ、れ」
育ちゃんはさみしんぼの1年、俺を友永先生と呼び続けたせいで、俺の名前を呼べなくなっていた。
真っ赤な顔で、れ、を連発しながら、固まってる。
これはこれでかわいいんだけど、これからどんどん距離を縮めていくのに、友永先生、はいつまでもいけないことしてるみたいだし。
「れーん」
「れっ……」
「蓮だよ〜」
「れ、れれっ」
「れれれのおじさんみたいだね」
「そ、それなに?」
ジェネレーションギャップなのか?
「いいから、はい、蓮」
「れ、……ん、…………くん」
「そうか、くん付けも捨てがたいな……」
「ほんと?れんくん!」
「え、くん付けだとすらすら呼べるの?」
抵抗があったのは呼び捨てだけだったみたいで、くん付けを許可すると育ちゃんはいきいきと俺の名を呼び始めた。
そんなこんなで約束通り、渋谷にも連れて行ったし原宿にも連れて行った。
ほかにも、おいしいカフェがあると聞けばそこへ行き、おいしいパスタがあると聞けばそこに行き。
育ちゃんは、いきいきと大学にも通っていて、お友達もたくさんできたみたいで、勉強も楽しいみたいだし、なんか。
すべてがうまくいってると思ってたんだけど。
★★★
育ちゃんが19歳の誕生日を迎える、12月。
けっこうがんばって、俺は計画を立てていた。
ちょっとお高いレストランでごはんを食べたあと、俺の部屋に行ってプレゼントを渡して、いちゃいちゃして。
流れで、ちょこっとえっちなことができればいいかなって思っていた。
もちろんいきなり全部やろうとか、そんなふらちなことは考えてないけど、ちょっとさわるくらいのステップアップを期待してる。
誕生日を俺の部屋で迎えたいから、その前日に育ちゃんを連れ出そうと思って、有休をとって午前中から育ちゃんのおうちを訪ねる。
「ふふーん」
チャイムを鳴らすが、育ちゃんが出てこない。
約束してるのに、いないわけないよな、と思って首をかしげてると、ドアががちゃりと開いた。
「は……」
名前を呼ぼうとして固まった。出てきたのは、男だったから。
「…え、誰すか?」
「…育ちゃんは?」
「はぐ?寝てるけど」
「あ、そう…」
男は不思議そうに俺を見て、もう一度、誰、と聞いた。
「あー、寝てるなら、いいや。また来るね」
「え、ちょっと」
来た道を引き返しながら、頭がぐちゃぐちゃになってく。
なんで。なんでなんでなんで。
こんな午前中から、育ちゃんの家にいるんだから、昨晩からいたんだ。
親しそうに、はぐ、と呼んだということはきっと同級生だ。
昨晩から、家に男がいて、やることなんかひとつしかない。
「なんで…」
たしかにこのところ、仕事は忙しい。
育ちゃんにあんまりかまってあげられなくてさみしい思いさせてたかもしれない。
でも、こんなの。
いつの間にか家についてて、どうやって帰ってきたのか覚えてなくて、電車に乗ったりしたはずなんだけど。
頭が真っ白になりかけたとき、携帯が鳴った。電話。
「…もしもし」
『あっ、蓮くん』
「……」
『あのね、おうち来てくれたの?なんで帰っちゃったの?』
なんで?は?
ふつ、と混乱の針が怒りのほうにぎゅんと揺れて、そのまま振り切ってしまった。
「……俺の部屋、来れる?」
『え?』
「今から俺の部屋、来れるよね?」
『……うん』
声が低くなってたと思う。
育ちゃんが、ちょっとびびってるのは分かった。
でもそれがなに?俺のほうが傷ついてる。
通話の切れた携帯をベッドに投げつけて、にらみつける。
ふざけんな。
「蓮くん…?」
曇りで、部屋の中は暗い。
電気もつけずに育ちゃんを迎え入れた俺に、育ちゃんが不安そうに声をかけて背中にふれた。
「…ねえ」
「ん?」
「俺、言ったよね。たまご、煮込んじゃうって」
「……うん。…?」
振り向いて、育ちゃんの腕を掴んでベッドになぎ倒す。
育ちゃんが短い悲鳴を上げて、ベッドに倒れこんで目をつぶって開けた。
「れん、くん…?」
「大事にしたのに!俺すげえ大事にしたのにさあ!なんで…!」
「え?蓮くんどしたの、手、痛いよ、え、あっ」
ぎりぎりと、掴んだ腕に力をこめて、育ちゃんが着ていたコートの前を開いてセーターをまくり上げた。
「蓮くん!?」
かわいいブラがあらわになって、あ、これもうあの男見たんだ、って思ったら頭に血が上った。
あんなに蝶よ花よと大事にしたのに。
育ちゃんの心の準備ができるまで待ったのに。
俺ひとりだけ、ばかみたいだ。
ブラも引き上げると、まだ全然育ってない小さい胸がふるりと揺れた。
「やっ、やだっ」
「もう俺にさわられんのはいや?…あー、はは、マジ、ふざけんなよ」
「れ、れんくんっ」
縋るように名前を呼ばれて、手がスカートをまくり上げてタイツを引き下ろす。
育ちゃんが、のどの奥でひゅっと息をのんだ。
パンツの上からなぞると、ふとももが震えて俺の腕を挟むようにきゅうっと閉じた。
「れ、れ、れんくん……れんくん…」
自由になった育ちゃんの手が、俺の手に重ねられて、それがかたかた震えてて、泣きたくなった。
「…………くそ」
顔を上げると、今にも泣き出しそうな育ちゃんがいて、もう、どうしようもなかった。
俺には育ちゃんが泣いちゃうようなこと、できない。
手を離して、育ちゃんを押し倒したまま見下ろしていると、育ちゃんはきゅっと体を守るように丸めて泣き出した。
「ひっ、ひっ、れんくん、こわい」
「…泣きたいのは俺だろ…」
しばらく、育ちゃんが泣きやむまで髪の毛をさわったり肩をなでながら、気持ちをようやく落ち着かせる。
こんなことする前に、聞かなきゃ。
「育ちゃん…」
「っ」
「あいつ、誰?」
嗚咽がちょっとおさまったところで、聞く。
育ちゃんは、おおきな目を真っ赤にして首をかしげた。
「…あいつって…?」
「とぼけないで。育ちゃんの家に変な男いたでしょ」
つい語気が荒くなって育ちゃんがびくびくしながら考える。
「ん、と…おうちにはあおいちゃんしか…」
「……」
「そういえば、あおいちゃんが、ピンポン鳴ったからドア開けたら、おっきなおにいさんがいたって教えてくれた…」
「誰…」
「誰って、友達…」
育ちゃんが、言いにくそうに目をうろうろさせた。
「でも…違うのかな…あおいちゃんはああ見えても女の子だし…」
「…………」
男って誰だろう、って真剣に考えてる育ちゃんに、俺はなにか大きなおおきな勘違いをしていたことに気づき始めた。
「家にいたのは、あおいちゃんだけ?」
「う、うん…」
「………ごめん」
「え?」
「俺、男の子だと思った…」
育ちゃんは、こんなことで嘘なんかつかない。
だから、ちょっと身長が高くてちょっと女の子にしてはひょろくて胸がなくて、ちょっと声が低かったから、俺はその子を男だと思ってしまったのだ。
「ごめん…俺最悪だ…勝手に勘違いして…」
「…」
「ごめん、こわかったよね…」
そっと抱きしめると、一瞬体をこわばらせた育ちゃんは、そっと力を抜いて俺にゆだねてきてくれた。
「あのね、蓮くん」
「ん?」
「蓮くんの誕生日、6月でしょ」
「うん…」
「だ、だからね」
育ちゃんが耳元で甘ったるくささやくもので、俺はちんこを鎮めることに必死だったわけなんだが、そんな努力ももろく崩れるのである。
「蓮くんの誕生日に、あげたいものがあるの」
「なに?」
「……あたしの、…はじめて」
「…………」
思わず体を離して育ちゃんを覗き込む。
育ちゃんは、顔をまっかっかにして、また泣き出しそうな目で俺の反応を待っていた。
俺はとっさに反応できなかったけど、ちんこは素直に反応した。
「…ほんとに?」
ようやく、そんな確認みたいな言葉が口からこぼれる。
「ほんとにくれる?俺育ちゃんのこと勘違いして傷つけたのに?ほんとにもらっていいの?」
「…そんなに何回も確認するんだったらあげないもん…」
「う、うそ!もらう!すっげーほしい!」
ぎゅううっと抱きしめて、育ちゃんが苦しいって言うまで抱きしめて、俺は絶対、この子を二度と泣かせたりしないし、ほんとにマジで大事にしようって、思った。
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