自称旺季邸家令 葵皇毅 番外
旺季邸の洗濯場に六尺程の褌が洗濯綱に掛けられハタハタと棚引いていた。
素材、配色、全く同じ褌が三丁
その下に佇むのは葵皇毅と凌晏樹。お互い視線は合わせない。
洗濯物を片付けたい旺季邸の侍女達は近付けないでいる。
二人は昨夜旺季と酒を酌み交わしそのまま邸に泊まったのだが、親切な家人達が着替えを用意し洗濯までしてくれた。
それが悲劇を招いた。
「ねぇ皇毅は……どれが自分の褌だと思う?」
言われてギロリと晏樹を睨み付ける。
「それ以前に何で同じものが三枚も掛かっているんだ」
パタパタ、棚引く共布の褌
「一枚は旺季様のでしょ、一枚は僕のでしょ、もう一枚は…」
「喧しい!なんで同じなのだと訊いているんだこの褌クラゲ!」
皇毅がカンカンになって怒ると晏樹は「フンドシクラゲなんていたかな」と呑気に首を傾げる。
「だから〜……一枚は旺季様のでしょ、二枚目は以前僕が此処に泊まった時に間違えて旺季様の褌付けて帰ったら『もう返さなくていい』って言われて貰ったやつでしょ、」
「最低だなお前」
「でも三枚目の皇毅のまで何で同じなのさ〜!」
「……………」
皇毅は苛々したように腕を組み問題の褌へと視線を戻す。
旺季邸の家令として邸の彼是に手を出した際、偶々洗濯された旺季の褌が目についた。
上質の絹を使った品の良いものだった為、仕立て屋を調べ同じものを作らせたのだ。
(それの何処が悪い!)
「はぁ〜…どうやったら持ち主が判るかな……?あっ、そうだ!褌に染み付いている香りで判別出来るかもしれないよ」
確かに焚き染めている香りは三人共に違う。
褌に香りが移っていれば匂いで分かると、晏樹は怯む事なく褌に顔を近付けクンクンと香りを確かめ出した。
「ちょっと、皇毅も手伝ってよ!」
「……………チッ、」
何で自分までと舌打ちをしつつ皇毅も褌聞香をやってみた。
大の男が二人して褌の香りを嗅いでいる。
陰から様子を見ていた侍女達は絶句した。
秘かに寄せていた百年の恋も吹っ飛んだ。
「………洗濯されているとよく判らんな」
「あーーもう、どうしよう!」
二人が尚も匂いを嗅いでいると旺季邸家令の老主人がやって来た。
「そこの昼行灯なお二人、とっとと帰りください」
「だって褌が混ざっちゃったんだもん!」
「……………申し訳…」
ハン、と老家令は鼻で笑い昊に舞う三丁の褌の前に立つとカッと眼を見開いた。
そして瞬時に二丁を洗濯綱からぶんどると二人に一丁ずつ投げた。
「とんだ未熟者ですな!こんなもん直ぐ判りますぞ!」
家人の長としての絶対的な自信と経験を見せつける。
「すごーい!ありがとう老主人」
感激する晏樹と無言で礼をとる皇毅が褌を袖に隠しつつ去っていくと老家令はニヤリと笑う。
判るわけない
了
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