自称旺季邸家令 葵皇毅
広大な敷地を誇る邸宅に爽やかな風が滑り抜ける。
優雅で緻密な亭の配置に満足しつつ庭院を眺めるのは旺季邸家令、
否、自称家令の葵皇毅。
公休日にも自宅には戻らず旺季邸の腰掛けに居座っている。
「秋の眺めも風流だ……」
ひとりごちを洩らし好みの濃い茶を口に含む。
陽が沈めば涼やかな虫の音が聞こえてくるだろう。
その頃には旺季も帰邸するはずなので二人で秋の夜長に酒を酌み交わすのもいい。
皇毅は自分の後ろに控えている侍女に視線を向けた。
「室内着に変える」
このまま泊る事を匂わせると、喜ぶ侍女と面倒臭そうに眉を潜める侍女とに分かれるのも最早慣例だった。
邸の維持管理について口うるさい家令のような客人。
(旦那様が甘やかすから……若造めが調子に乗りおる)
颯爽と客間に消える皇毅の姿を憎々し気に視線で突き刺すのは旺季邸で正式に家令として従事している老主人。
既に妙齢だが家令としては至って現役であり皇毅の事などタダ飯喰らいとしか思ってはいなかった。
いつかこの若造に「ぎゃふん」と言わせくれると執念を燃やし静かにその機会を窺う次第だった。
用意させた銀藍の室内着に召し変えた自称家令はちゃくちゃくと旺季が戻るまでの手筈を調えだす。
そこまでされて本家家令は流石に口を挟んだ。
「葵皇毅殿はごゆるりとおつくろぎになっていてください。『お客人のあなた』にあれこれと気を使わせては『家令のわたくし』が旦那様にお咎めを受けますゆえ」
うやうやしく一礼すると、皇毅は鼻で笑った。
「……お気遣いなく。私が邸にいる時くらいは楽に休んでいては如何でしょう」
すっこんでろ、
お前こそすっこんでいろ、
行間にダダ漏れる心中。
見えない火花がバチリ、バチリと舞うようだった。
絶対に表だって口にはしないが、お互い煙たがっている事は随分前から承知の上だ。
「旦那様のご帰邸です」
家人から待っていた声が掛かると二人はパッと視線を外して門へと急ぐ。
しかし火急でない限り走ったりはしない皇毅は遠慮なく駆けだす老家令には追い付かない。それがまた憎たらしいのだ。
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