真夜中の落とし物


その日の仕事の行程も順調だった。しかしそんな当たり前な事は確認するまでもない。

この俺だぞ

陸清雅は颯爽と御史台の単調で長い廊下を御史太夫室に向かい歩いていた。日は既にとっぷり暮れ、人も殆んど見当たらない。廊下に沿って灯る燈籠の光さえまばらだった。


そんな中、一つの部屋の灯りだけ光々としているのが清雅の目に入る。

(紅秀麗……)

チッと顔を歪め踵を返した。この暗い御史台に自分と秀麗二人きりになる場合が多々ある。

別に今回調べている案件は全く繋りはないので関係ないと言えば関係ないが、官史といえど一応女。
自分を貶める為に「新事実!紅御史と陸御史は残業託け実は、毎晩共に夜を明かしていた」など妙な告発をされた時に備えなければならない。

あり得ない事だがどんなトンチンカンな告発でも長官が秀麗を追い出す為に「仲良くクビだ」と言わないとは限らない。文句があるならまた這上がって来いと言いそうな鬼上司だ。

案件が順調に進んでいる今夜はサッサと上司に報告をして帰路につくのが得策だった。

回廊の奥に位置する長官室が見えてきたが、「意外だな」というように清雅は眉を上げる。

珍しく長官室の灯りは消えている。鬼上司の皇毅は既に退出したようだった。

これはいよいよ早めに帰るに越したことはないなと短い溜め息を吐いて持っていた調書に紐をかけてしまい込む。

しかし踵を返そうとした時、長官室の扉の前に冊子のような物が落ちているのが目に入ってきた。

いぶかし気に近寄り確認の為に拾い上げる。
どうやらただの冊子の様だが長官室の前に落ちていたのが気になった。

清雅は周囲を確認してから冊子の中身を開いてみる。
そして呟いた。


「何だ、コレ」


冊子の中には同じ言葉の羅列が続いてる不可思議な内容だった。
問題はそれがどうよら長官の筆跡によるものだという事。

長官室の前に落ちていた長官の筆跡による冊子。

恐らく持ち主は筆跡の主だろうが、

「落とすか?皇毅様が」


清雅は状況に違和感を感じずにはいられない。
この冊子をこのまま元の場所に戻し何事もなかったようにシラを切るか、いやそれではこの冊子の意味する謎の解明は不可能になろう。

(それはそれで後味が悪い)

迷った挙げ句、清雅は冊子を持って1つ灯りの漏れる室に向かう事にした。


「こ、こんな時間に何よ清雅!」

大量に押し付けられた案件が片付かず室に籠っていた秀麗は珍しい訪問者に驚きを隠せない様子だった。

相変わらず修羅場と化している執務室の奥からお茶を煎れて、まぁ座んなさいよと促す。

清雅は出されたお茶には手をつけず、早急に切り出した。

「お前これが何だか分かるか」

そう言って秀麗の前に冊子を出す。

何かマズイ事になったら秀麗に擦り付ける事にした清雅は様子を窺がう。

秀麗もまた
(また何か厄介な事に巻き込もうとしてやがるわね)
と出された冊子と清雅の様子を見ている。

「何よコレ、中身を見てもいないのに何だか解るわけないじゃない」

「長官室の前に落ちていた。中、見てみろよ」

清雅に促され秀麗は仕方なしに冊子を抓んで中身を開けてみる。

そして暫く冊子を捲っていた秀麗は見てはいけない物をみた様な渋い顔をして呟いた。

「ねぇ、コレ日記じゃないの?しかもこの筆、長官の……よね」


「は?」

清雅は秀麗が出した言葉を把握出来ない。

「だってこれ」

秀麗は冊子を前に展げる。

(二月六日 なし)
(二月七日 なし)
(二月八日 なし)
(二月九日 なし)
(二月十日 なし)
(二月十一日なし)
(二月十二日なし)
(二月十三日なし)

日付けと「なし」の羅列。

「日記をつけてみたはいいけど、書く事がないのよコレ」

「そんなワケあるか!長官がそんな不毛な事するかよ!何かの調査資料だろ」

秀麗は(あ〜……予想以上に淡白な日記だわね)という表情で貢を捲っている。

「で、セーガこの日記拾って来ちゃってどうするつもりよ」

コッソリ戻して来なさいよと言いたげだ。

「お前に聞いた俺がどうかしてたぜ。いいか?この機密資料を俺達が見た事は他に洩らすなよ」

「だから、日記だって」

秀麗の呟やきを最後まで耳に入れずに背を向けて執務室を後にする。

再び長官室の前に来た清雅は冊子を拾った元の場所に丁寧に置いた。

(残念だがこの件には関わらない方がよさそうだな)

清雅はチッと小さく舌打ちをして攻略を諦めた案件として自分の中で処理する。

秀麗にまで見込み違いに「日記じゃないの」とか的外れな事を言われ流石にイライラを募らせながら清雅は御史台を後にした。







翌朝早くに長官室の前に落ちている冊子を拾いあげたのは皇毅だった。


「ここにあったか」

自分の懐にいれて長官室の中へ入る。

そして筆を取り本日の貢に日付けをつけてこう書いた



「落としたが、見つかる」










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