髷た日


「ちょっとソレ頭どうしたのさ!!」

バァンと無遠慮に長官室の扉を開けて入って来たのは凌晏樹だった。
柄にもなく息まで切らせている。

そんな晏樹にほんの二拍程視線を向け、皇毅は再び書翰に落とす。
一蔑された晏樹は長い裾を雑に捌きながら向かってきた。

晏樹が自分の前まで来てから、皇毅は書翰に目を走らせながらやっと口を開いた。

「晏樹、扉を閉めて来い」

晏樹はチラリと振り返る。そういえば開いたままだった。しかしその意地の悪いタイミングに悪意を感じて素直に閉めに行く気にならない。

「僕の話し聞いてる?」

「聞く前に閉めて来い」


お互い無表情だが抑えられないイライラと怒気が重なり合う。
おそらく室内はツンドラ永久凍度と化している。

「閉めて、来い」

「しつこいね皇毅も」

皇毅は危うく筆を折りそうになったが、入朝した際に贈られた大切な筆だった。
危なかった。
もうこれは五分でも割いて話を聞いて追い出すしかない。

コイツも今仕事中の筈だ。自分だけでなく誰ぞも迷惑被ってるに違いない。

「で、話しは何だ。お前の頭がどうした」

「僕の頭じゃなくておかしいのは皇毅のその頭だよ」

晏樹は息を整え指で皇毅の頭をビシっと指した。
指された皇毅はいよいよ目を細める。

「頭がおかしいのはお前だろう。常にだが。」

「いい加減察したらどうなの?その髪型だよ!!」

髪型?眉をしかめたかと思うと皇毅は溜め息を吐いた。


くだらなすぎる


そういえば前髪が目にかかる程長くなっていたので今日は他の髪と一緒に束ねて結い上げた。それだけだった。

なのに、それを目ざとく見つけて外朝からすっトンで来たのかコイツは。

「その髪ダサイ、ダサすぎるよ」

「別段風紀を乱しているとは思えないがな」

「違う、ダサイの!」

あぁ邪魔だ、睡眠不足な上にこのやりとりで今の報告書の内容が飛びそうだ。

嫌がらせに今度は髭でも生やしてやろうか。

「皇毅は前髪あった方がいいね。ちゃんと整えて来てよね」

「そうか……わかった。帰れ」

皇毅は落ち着く為に深く息を吐いて怒気を払い、再び書翰に向き直った。
しかし、晏樹は自分の帯から小刀を探りだす。

言いたい事を言ったのだからもう帰るだろうと、皇毅は晏樹の行動を把握するのに一拍遅れた。

「嘘だ、絶対明日もその髪型だね。それなら今、僕が整えてあげる」

掴みかかるように向かって来る晏樹と小刀が目に入った皇毅は流石に立ち上がった。

「なにしてる、……晏樹!!」

思わず声が大きくなる。

その時、丁度ツンドラ長官室の前を通りかかった秀麗は開いた扉の中の状態が目に入った。

秀麗は目を丸くしたかと思うと、何がどうなってるのか考える前に脳幹反射で叫んだ。


「あああ、晏樹サマーー!!殺しちゃ駄目ですよーーーーッ!!!」



御史台に秀麗の悲痛な叫び声が響き渡る。


今日も御史台は平和だった。

後に秀麗は、びっくりしすぎて長官の珍しい髷姿を見損なったと洩らしたとか。洩らさなかったとか。









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