春画を隠す


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愛する妻が自室に春本を持ち込んで屡々書棚に隠す

−−−迷惑だ



質素だが趣のある室内、少々味気無い空間が気に入っていた。

趣味で揃えた公案小説の並ぶ書棚
厳選した水墨画
卓子に置かれた香炉


なのに書棚に並ぶ書籍が若干棚からはみ出ている。

玉蓮が裏に春本を隠すせいだった。

許せん、と毎回見つける度に捨てようとするが、たまに春本で見たものらしき拙い手練手管を披露したりする。その為に持ち込んでいることは知っているので……仕方無く容赦してやっていた。

(だが、しかし……)

容赦してやっているこの優しい夫はもっといい思いをするべきだ。
皇毅は一人書棚の前に仁王立ちになり、早速口の端を上げる。

よいことを思い付いた。



−−−−−−−−




後日、帰邸した皇毅の前に今度は玉蓮の方が仁王立ちになって出迎えていた。
なんだか機嫌が悪いようで、その証拠に肩がぷるぷると震えているのが見てとれた。

「どうした、機嫌の悪いナマズみたいだぞ」

嫌味を吐く皇毅の愉しそうな上から目線を振り払い、ずずっと前に出た妻の瞳には涙が溜まっていた。

「お詫びしなければならない事がございます」

横に控える家令はお詫びの内容は存じませんが、どうせまた下らない事でしょうねと震えるナマズ娘には無関心だった。これまた薄情かつ優秀だった。

皇毅は優秀な家令に「下がれ」と促し自室へと足を向ける。後ろからちょこちょことついてきた玉蓮は二人きりになると、袂に隠してあった桃色の冊子を引っ張り出し突き出してきた。

「こ、こ皇毅様の書棚から……このような如何わしい書が出て参りまして……勝手に書棚の奥を動かした私をお許しください」

ぷるぷる震える手には紛れもなく如何わしい『春本』が乗せられている。

しかもそれは、彼女自身が隠したものではない。女が見てキャキャと喜ぶ甘ったるい内容ではなく、かなり醜い雄の欲望丸出しの逸品だった。


手練手管を披露したいのなら、これくらいやれ


そんな夫としての温かいんだか寒いんだか分からない励ましが詰まった贈り物だった。

阿呆には阿呆なやり方で仕返しをした皇毅に玉蓮は頭を下げた。

「皇毅様がこのようなものを隠していらっしゃるなんて微塵も考えず、見つけてしまった私をどうかお許しください……」

「……………待て、」

皇毅は今の行を反芻する。

この桃色本を自分が隠れて眺めていたと、
まさか本気でそう思っているというのか。書棚の全く同じ場所に嫌味たっぷり捩じ込んであるというのに。

玉蓮は悲し気に俯いている。これは本気で疑っているようだと思えば皇毅の矜恃に蒼白い火がついた。

「お前が書棚の奥に好色本など隠す愚行を戒めているのが分からんのか!」

「でもこれ、皇毅様が選んで買って来たことには変わりないじゃないですか!」



………………。




たまに、思い出す

妻は阿呆だが核心だけは見逃さない。
たまに自分の方がある意味抜けているんじゃないのかとさえ思う−−−


皇毅は瞬時に回転の早い頭で道理にかなった言い訳を考えるが、若干頭は真っ白だった。




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