妻の浮気調査
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毎朝出立準備を手伝う玉蓮の日課は、まず始めに皇毅の髪を結い上げる事からだった。
皇毅の髪に触れる事が元から好きだった玉蓮は今朝も櫛を盥の透き通る水に滑らせて丁寧に髪を梳いてゆく。
硬質で艶のある髪は手に馴染みいつまでも櫛をあてていたくなるくらいに心地好い。
「皇毅様、夏は油を使うと虫が付きますので水だけで結い上げますね。型崩れしてしまったらごめんなさい」
「崩れるような事はしないので問題ない」
「…………」
夫は単に仕事の話をしているのだと思う。
(…………違うの、皇毅様)
「後宮監察が始まった」と先日夕餉の折りに話題がのぼった。
本来、監察は機密事項なので皇毅が漏らす事は決してないが、今回は定期的に行われる予定行事との事だった。
後宮に定期的に監査が入るのは玉蓮も知っていたが、御史台主導だとは初めて聞いた。
後宮には傾国の美女達が数多犇めくというのに。そんな中に皇毅も監査に訪れているのだろうか。
その日から玉蓮の胸中にモヤモヤと不安が湧き立ちだした。
(結いが崩れてしまうような事をしないでちゃんと帰って来てください。誰かに髪を触られたり、元結いを外すような事はしないで帰って来てください……)
浮気しないで帰って来てください−−−
そんな事するわけないと皇毅を信頼しているし、疚しい事がなく真面目に職務を全うとしているだけであるのに、煩く言われては皇毅としても大層気分の悪い事であろう。
なので代わりに不安を和らげる為、毎朝コッソリとしている事があった。
皇毅の髪を紐で締める最後、指先程の料紙を紐にそっと差し入れる。
どこぞで元結いを外したら消え落ちてしまうだろう些細な紙には玉蓮の願いが込められていた。
(今日も紙がくっついたまま帰って来てくれますように……)
「何事もなければ今日も暮れ五つには戻る」
「は、はい!………」
俯き瞳を泳がせている玉蓮に皇毅が寄ってきて軽く口づけると踵を返し陽の差す回廊に出て行った。
男盛りというに相応しい色気のある背に玉蓮は静かに礼をとる。
(…あぁ、こんなに素敵な人が後宮に現れたら、あの女官様達は絶対ほっておかないわ……!)
夫に心底惚れ込む玉蓮の秘め事は後宮監察が終わるまで続きそうだった。
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