愉しい夜
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家々の灯が落とされる夜半に、邸の主である葵皇毅は軒に揺られて静かに帰邸した。
出迎えたのは邸の家令のみ。
「先程までお待ちかねでしたが、本日はもう戻られないでしょうと室に入られました」
口が達つ家令によって愛妻が自分の帰りを待ちわびていた事を塗りつけられるが、取り合えず湯浴みをする為に湯場へと足を運ぶ。
なるべく早く帰るようにしているつもりだったが、夕餉を共にする事よりも寝静まった頃にフラリと帰る方がやはり多かった。
(これは逸そ俊臣殿の如く執務を夜型に変え、午は邸にいる……成程そうすれば…いいのか)
自棄っぱちで出来もしないくだらない事を考えながら湯浴みを終え自室に戻る。すると暗がり奥にある寝台の掛布がもぞもぞと蠢いているのが夜目にも見えた。
一度深く眠ると容易には起きない掛布の中身を確認する。
ふんにゃりと無防備に眠る妻の寝顔を覗き見てほっと心が安らいだ、
−−−次いでにムクムクと悪戯心が湧いて来くる。
無防備な彼女の腕を開いてしっとりとした髪を梳く。もう片方で頬を撫で上げながら、ぽってりと潤う唇にチュッ、と音を立て吸い付いてみた。
「ぁ……ぅ……っん……」
起きそうで起きない。
皇毅は愈々眸を細めて呑気に自分の下で心地好さそうにしている妻が一体何をすれば起きるのか試してみる事にした。
おそらく自分の口許はかなり弛んでいるだろうが、誰も見ていない構うものかと更に弛ませる。
ゆっくりと柔らかい首筋を撫で袂を開き、眼下に広がる絶景を目で堪能すると自然と自らの指が吸い付くように肌の上を這いだす。
「あ、……ぁん、イヤ…」
おそらく口癖になっているのだろう。
(起きていても寝ていてもそう変わらんな……)
クックッと声を殺し喉で笑いながら足を絡め、愛しい身体に今度は唇で吸い付きだす。
まだ起きない、
一体全体何をしたら起きるのだろうか
皇毅の愉しい夜はまだ始まったばかりだ
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