酔っ払い
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旺季邸で夜を徹して酒を酌み交わすとは聞いていなかった。
なので、薬湯を準備して帰りを待っているのだがやはり夫は早々には帰って来ない。
「門下省長官様ならば私もお酌役にお連れくださっても良いのに……」
頬を少し膨らませながら刺繍をする玉蓮に、傍の卓子にて日誌をつける凰晄は溜め息を吐く。
「酒の席で室の姿をひけらかす男など感心しません」
「は、はい……」
道理にかなった訓導にしゅんと頭を下げていると、漸く開門の呼び掛けが聞こえた。
急いで門に出ていくと暗がりに浮かぶ生酔い夫。
玉蓮は帰邸した愛しい人に抱きつく−−−
振りをして、くんくんと纏う匂いを嗅いだ。
「…………なにしてるんだ悋気妻」
「お帰りなさいませ、皇毅様」
皇毅に悟られながらも女物の香や白粉の匂いがしないことを確認し、改めて身を寄せると抱き返される。
「湯浴みもさせない気か?」
意味深に耳許で囁かれる低い声に真っ紅になって首を横に振る。
「薬湯をご用意したのです。それを飲んで今日はもうお休みください」
自分の帰りを待ちわびていた癖に『お誘い』は断る。相変わらず意味が分からない妻だった。
薬湯を温め直す為に玉蓮が厨房場へ去ってしまった間、皇毅は湯浴みを済ませて自室へと戻る。
そして卓子に向かい寝酒に興じようと酒杯に酒を入れると薬湯を盆に乗せ玉蓮が戻ってきた。
「あ、………何をなさっているのです!」
「旺季殿から銘酒を頂いてな。お前が相手をしてくれないので早速此方を試してみる事にした」
そう言いクイ、と酒杯をあおると非難の声が飛んでくる。
「皇毅様!旺季様のお酒ではなく、私の薬湯を飲んでくださいませ」
「……………」
もしかすると自分は酔っているのやもしれない。
今の言葉が、旺季様より私を選んでくださいと聞こえた。
「張り合う相手を間違えるな」
「え、?」
「強き者を戒め、弱き者に慈悲深い方だ。お前も嘗て酒杯すっ転がして無礼を働いたが何のお咎めもなかったろう」
「はい……でも皇毅様からはしっかり咎められました……怖かったです」
揚げ足をとる妻の頬をつねる為に手を伸ばすとサッと避けられた。
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