御史台の女人の関所
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「皇毅様は、いつ私を見初めてくださったのですか?」
暗い寝所にて自分用の枕から皇毅の枕の方へコロコロと転がってきた妻が唐突な質問をしてきた。
「皇毅様?」
「見えない…」
え、?と小首を傾げる妻を睨みつける。
灯りを遮られて書が読めない。
無言でシッシッと指を跳ねさせると、妻は「今日は構ってくれないのですね」と理解して自分の枕の方へ戻って行った。
−−−−−いつ、妻を見初めたのか……
「思い出せん…」
口に出してはならぬ独り言を呟いてしまった。
話の流れからいつ妻を見初めたのか思い出せないと答えた形になってしまった。
流石に気まずくなり横へチラリ、と視線を向けると妻は巨大な布団の繭になっていた。
これは完全に拗ねている。
嘘でもいいから何か捻りだせば良かったと今更ながら思うが、見初めたのはいつだったのだろうか。
思い出せない……!
皇毅はパタリ、と読んでいた書を閉じて妻との馴れ初めを仕方なしに記憶をたどることにした。
(見初めるだのとしては、旺季様と呑んでいた時に官妓として現れたのが最初か……)
王宮で医女として働いていた玉蓮がお酌役としてのこのこ現れたのが始まりだった。
悠舜が茶州から戻る頃の事で、幼なじみを隠して旺季と共に悠舜の動向を見る話をしている最中の現れた玉蓮だったが正直邪魔でしかなかった。
顔を上げない無愛想な官妓だったので特にこれといって印象も薄い。
これは最早出会っていないに等しいかもしれない。
(では、次に私の前に現れたのは……御史台へ紅秀麗を訪ねて来たときか)
その頃、玉蓮の養い親は銀の横領罪を犯していた。
それを御史台が掴んでいたからだろう、健気な医女の振りして毒を盛りにやってきた。
やはりまるで見初めるだのなんだのの話にならないが前回よりは強烈な印象が残っている。
対面した時、おどおどしながら目を泳がせながら、それなのに皇毅の腕を掴んで脈診をした。
その事にも驚いたがもっと気になった事があった事を思い出した。
「お前の手には凍傷の痕があったな……紅いのやら蒼いのやら一つではなかった」
また独り言のように吐き出すと、布団で出来た繭から玉蓮の顔がにゅっと飛び出てきた。
「私の手は貴族のお嬢様のような綺麗な手ではございません。冬でしたから井戸の水で洗濯すれば凍傷にもなります」
「おそらくその時からだ……謎めいたお前が気になって仕方なくなっていた」
皇毅は目を閉じる。
次第に当時の情景が蘇ってきた。
色白で美しく、可憐な医女とは珍しかった。
(女人の関所……)
皇毅はこんな陳腐な罠とは御史台舐めてんのかと思ったが、医女の正確な脈診と姿に似つかわしくない手に目を留める。
この手は少なくとも本当に医女として働いていた手だ。
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