友からの祝酒


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名だたる貴族や高官達が通う料亭の広大な敷地に今年も睡蓮が咲き誇っていた。

久しぶりに訪れた二人の高官に料亭の主人は喜んで一等室へと案内した。
一人は柔らかな足取りで庭院の色を愛でながら、もう一人はよそ見など一切せずお堅い高官そのままの機敏な足取りで進んでゆく。

室の灯りはそれほど明るくはないが、おそらく庭の景色が窓から美しく映る様にと計算された加減なのだろう。

季節を感じさせる手の込んだ菜に上質の酒。

「たまには殺伐とした皇宮や、所帯染みた家を忘れるのも大切だよね」

広がる景色と酒をひとしきり楽しんだあと、晏樹が椅子の上で足を寛げた。

「お前が所帯染みていたとは知らなかった」

小さな酒杯を指の裏にひっかけて煽る皇毅はやはり嫌味ったらしい口調だ。
そんな幼馴染みにもすっかり慣れ「皇毅のことだよ」と諭し、食べやすい大きさに切り揃えてある桃を口に含む。今年も桃は美味しい、と素直にそう思えた。

「主人を呼んで貰えるか」

皇毅は控えている店の者に声を掛ける。
急なことに訝しげな表情で見守る晏樹をよそに、庭院を眺めていると店の主人が現れた。

「あの池に咲く睡蓮を少し分けて欲しいのだが、出来るだろうか」

指さす先には手入れの行き届いた池に見事な大輪を浮かべる桃色の花。
庭師が大切に育てたものだと思うので断られたらそれまでだったが、店の主人は少しだけならと了承してくれた。

「飛燕姫が一番好きだった花だね。今更愛でてどうするの?」

皇毅は質問に答えるべきか迷うが、この料亭を訪れたのは毎年池に咲く睡蓮を貰うのが目的で、晏樹にはつきあってもらった手前もあった。

「妻が我が家の池に蓮を移植した。花ではなく蓮根目的だとは思うが、今年は花すら咲かなく悄げているのでな。来年に向けてやる気出させるため花だけでも見せておこうかと思う次第だ」

なんだ奥さんの方か、と晏樹は短い言葉を返し納得したようだった。
しかし余計な一言はしっかりと付け加えた。

「やっぱり所帯染みてる」

「うるさい」

主人が飛び切り美しく咲いた花とこれから開花する蕾を混ぜて見繕い、涼やかな鉢に浮かべて運んできた。
水は透き通り小さな池が鉢の中に出来たようで美しい。

それを確認した皇毅は立ち上がって主人を労い手に銀子を握らせた。

「俺は中座するが、お前はどうする」

「そうだね……僕はもう少し此処で休んでから帰るとするよ。どうせ皇毅は先に帰ると思っていたからお土産を用意しておいた」

晏樹は荷から酒器を取り出し卓子の上に乗せた。

「僕からの祝酒、奥さんと二人で飲んで仲を深めるといいよ」

「…………」

礼の言葉も出ず皇毅はまず酒器を凝視した。
あからさまに不自然なものが渡され思案する。

「一応確認しておくが、毒入ってないだろうな」

「皇毅と医女相手に毒なんていれるはずないだろうに。そんなつまらない男に見える?」

どう返してよいやら分からないまま皇毅は鉢と酒器を抱えて待たせてあった葵家の軒に乗り込んだ。
乗ると同時に即行で酒器の蓋を開け中を覗く。

(なんだこれは……)

続いて酒器の蓋についている小さな二つの突起に気がついた。
二つの突起は片方づつ指で押す事が出来る。

皇毅は何度か突起を押してみたあと、無表情のまま軒の蔀から昊を見上げた。






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