宮廷官吏 葵皇毅の誓い


惜春の微睡みの中、葵皇毅は自室に備え付けられた広い寝台の上でゴロリと体勢を変えた。
寝返りを打てば届く妻の温もりを手探りで探す。

「玉蓮」

………居ない。

途端に不機嫌を眉根に刻んで起き上がり、明るくなった寝殿を見渡すが妻の気配は一切無かった。
なんということだろう。
夜明け前には宮城へ出立してしまう日々を慮り、公休日くらいは陽が昇るまで朝寝に付き合ってやろうとする優しい旦那の心遣いが妻には分からないらしい。

艱難苦労を乗り越えて漸く夫婦になったというに甘い蜜月は何処だ。

皇毅は玉蓮が横たわっていたはずの敷布に掌を乗せる。しかし薄情にも敷布は冷たかった。
疾うの昔に出て行ったらしい。

愈々と急降下してゆく機嫌をどうにかせねばと寝台から降り揃えられた室内着に手を掛けた。
そこで、皇毅は得も言われぬ違和感に気がついた。

今しがた妻の化粧台に置かれている鏡の前を過ぎたが撫子色の物体が目に入ったのだ。
確認する為に戻り鏡を覗いてみる。


−−−−−−誰だ


鏡には見知らぬ無愛想な女が映り込んでいた。
しかしよくよく見ると誰かに似ている。

「…………妻…に似ている…」

ような……。

顔立ちや髪の色は妻に似ているがいまいち確信が持てない。こんな顔だったか?
皇毅は暫し考え鏡を前に無理矢理笑顔を作ってみた。
不慣れで歪んだ笑顔はやはり妻に似ているが妻ではない気もする。

皇毅は一大決心した。
もう一度今度は両手で鏡の端を掴み何度か深呼吸したかと思えば、カッと目を見開いた。

(笑え……!)

自分に命じもう一度のぞき込むと鏡に映り込んでいるのは愛妻のふんわり笑顔。八の字眉も忠実に再現してやった。してやったり。

「やはり玉蓮か!」

一人で馬鹿みたいだが謎は一部解けた。
鏡に映っているのは愛妻玉蓮だ。

「なんだこの鏡は……」

皇毅はこの場に居ない妻を映す摩訶不思議鏡を掴みあげ、細工を探すべく裏に返し表を擦ったりしてみるが、紅色の板に鏡が取り付けられているごく普通の鏡にしか見えない。

見分を続けていると窓から陽射しが室内へ射し込み自分の足許が露わになる。
目にはいるのは白い足首に可愛らしい桜色の爪。

「…………なんだと…」

皇毅は生唾飲み込んでもう一度しつこく鏡をのぞき込んだ。


−−−−−鏡ではなく、私か!?


己の両手をまじまじと凝視するが、明らかに馴染みのある無骨な掌ではない女のものだ。

皇毅は静かに窓の方へと歩いてゆき何事もないような顔で外を眺めた。
春の曙が庭院を照らす美しい光景。眠りを誘うような静かな朝。


「………面白い夢だな」


ぼそり、と感想を述べる。
そう、どう考えてもこの有様は夢だろう。
なので焦る必要など全くなかった。
寧ろなかなかいいオチ夢気分ではないか。

満足げにほくそ笑む玉蓮の皮を被った皇毅には、これから巻き込まれる避けようもない悲劇などまるで想像つかなかった。





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